Swanson氏の決断は、社内でも衝撃として伝わりました。民生端末に向けて事業展開を積極化させようと動いていた上層部の中には、会社を去っていく者もいました。「Swanson氏の判断は本当に正しいのだろうか…」。それまで、同氏の強力なカリスマ性によって伸長してきたLinear社でしたが、このタイミングは「30年の歴史の中で、最も苦しい時期の一つだった」(Swanson氏)といいます。

リーマン・ショックを乗り越える

 しかし、結論からすると、この時の経営判断は「吉」となりました。リポジショニング後の2006年や2007年、売上高は横ばいとなりましたが、2008年は11億米ドル強に回復。その後、リーマン・ショックを業界が襲いますが、一足先に「脱民生」を果たしていた同社の回復は早く、2010年および2011年ともに二桁成長を達成。2011年には14億8000万米ドルと過去最高の売上高となり、営業利益率は50%を越えました。

 もちろん、このリポジショニングには、民生機器部門を担当していた社員にとっては非常に厳しいものでしたが、価格変化の厳しい民生機器向け部品の割合を減らしたことが、競合他社がスマートフォン端末やテレビの価格下落により収益を悪化させる中、民生市況に影響されにくい体質に変換することができたことを示しています。一時期は28%まで達した民生機器向け製品の割合は、10%を切るところまで減りました。

 実は、Linear Technology社が他社と異なる道を歩むのは今回だけではありません。そもそも、デジタル全盛時代の1981年に、アナログ半導体事業を主軸に据えたLinear社を創業した当時も、周囲からは「なぜ今ごろアナログなんだ?」と揶揄されたそうです。その時からSwanson氏は、確信をもってこの分野に取り組んできました。シリコンバレーの企業においては非常に珍しいことに、その30年の歴史で、つい最近まで事業買収を1社も手掛けていなかったことも、同氏の「オレ流」経営を感じさせます(創業から30年の2011年12月に、米Dust Networks社を買収している)。

 同社にはもう一つ興味深い顔があります。アナログ設計業界で尊敬を集める「アナログ・グル」と呼ばれるシニア・エンジニアが、多数在籍していることです。このことが関係しているのか、なぜかLinear Technologyの社員は、圧倒的に定年まで勤め上げる技術者が多いそうです。

 「なぜこの会社は、“他と違う”道を歩み続けるのか。なぜ、違う道を歩んでいるのに、高い利益率(営業利益率は40%以上)を稼げるのか。どうして、シリコンバレーの企業なのに、エンジニアの離職率が極めて低いのか」――。実は今回、こうした数々の疑問を解き明かすべく、同社への徹底取材を敢行し、それを一冊の書籍としてまとめました。書名は「誰もやめない会社」です。Swanson会長やCEOのLothar Meyer氏、CTOのBob Dobkin氏へのインタビューなどを中心に、これまで語られることのなかったLinear社の、秘密のベールの内側に迫っています。エレクトロニクス業界に関わる方はもちろん、他業界の皆様にも、是非お手に取っていただきたい一冊です。読者の皆様にとって、少しでも参考になれば幸いです。