目指すは「職人+商人+イノベーター」

 これまで紹介してきたように、職人気質はいわば最高の品質と技術を生み出す能力を意味し、商人気質は最高の市場拡大能力を意味している。一方、イノベーター気質は誰よりも大胆に新たな市場を開拓し得る能力と言っていいだろう。

 そして、ここで強調しておきたいのは、職人気質と評される日本人でも、商人気質が決してないわけではないことだ。多くの日本商品は世界に売られている。それが、その裏づけだ。玉子焼き専門店と同じく料理業界の牛丼チェーン「吉野家」が掲げた「うまい、安い、速い」というキャッチフレーズは、「うまい」だけではなく、「安い」と「速い」も重視する。これは、まさに職人と商人の気質の融合による商売の手法を示したと言ってよいだろう。

 確かに、多くの日本人の心の奥深いところは、やはり職人の気質が強い。技術を過信し、技術にこだわり、過去の成功を信じすぎる傾向がある。日本の職人や技術者は、客観的かつ開かれた視野で、技術を追求すると同時にお金や経営の仕組みを理解している人たちの知恵を活用することを心掛けることが重要であり、それができれば、より輝かしい未来があるだろう。

 中国では、商人たちは、海外から導入した技術と労働集約型のビジネス形態をうまく組み合わせて、安価に製品を組み立て、世界市場を席巻した。だが、独創的な技術開発力がなければ、さらなる成長は期待できないだろう。

 誤解しないでほしいのは、職人と商人は永遠に対立するものではないということだ。気質や文化のギャップを乗り越えるには、一歩下がって互いを尊重し理性的に認め合うことが欠かせない。その両者をうまく組み合わせることができれば、最高の技術開発能力と市場開拓能力が生かされ、理想的なカタチの企業が作られるかもしれない。

 もうちょっと広い範囲を見れば、韓国と台湾は、どちらかというと商人と職人の気質を半々ぐらい持っていると思われる。Apple社と真正面に競争して、スマートフォンの生産量とシェアで世界一を獲得しながら、iPhone向けに重要部品をApple社に提供できる韓国Samsung Electronics社。はたまた、生産規模もさることながら、生産技術にも独自の工夫を加え、他社と同じセット製品や部品をもっと安く造れるナンバーワンの電子機器受託生産(EMS)企業として成功した台湾Hon Hai Precision Industry社〔鴻海精密工業、通称:Foxconn(フォックスコン)〕。いずれも、商人気質によるマーケティング力と、職人気質による技術力を併せ持っていると感じている。

 職人、商人、イノベーターは、同時にいるからこそ、斬新かつ高性能/高品質で手ごろな価格の商品を生み出せる。実際、多くの人々がスマートフォンを利用できるようになったのはそのためだ。スマートフォン市場を開拓したSteve Jobs氏に代表される「イノベーター」だけでなく、世の中の数え切れない職人と商人にも敬意を払いたい。