ただし、両社にはそれぞれ和解したいと考える材料もないではなかった。HTC社については、11月27日に、Apple社がHTC社を提訴した2件目のITC調査で仮決定が出される予定であった。この審理では、米カリフォルニア州北部地区連邦裁判所での陪審員裁判でSamsung社が侵害認定されたApple社特許2件が含まれている。Apple社に有利な決定が出る可能性は否定しがたい、とHTC社が推測したかもしれない。Apple社については、前回の記事で述べた通り、HTC社のスマホ製品の世界市場での出荷数量や市場シェアがこの1年間で急速に落ち込み、もはや市場競争における脅威の存在ではなくなった。それ故、最強のライバルであるSamsung社との訴訟に総力を結集できるようにするために、HTC社との訴訟は早めに切り上げようとする動機が働いたとも考えられる。

 また、法廷の外では両社が特許ポジションを強化すべく、買収合戦を繰り広げていることにも触れた。HTC社は、米S3 Graphics社を3億米ドルで買収することに合意したと発表した。この買収でHTC社はS3 Graphics社の特許235件を獲得することになった。しかもその買収合意発表は、S3 Graphics社がApple社を訴えたITC調査において、S3 Graphics社特許2件のApple社による侵害を認めた決定が出された5日後のことだった。そして、その2カ月後の9月には、S3 Graphics社が別の特許2件の侵害でApple社をデラウェア州連邦裁判所およびITCに訴えている。さらに、S3 Graphics 社買収発表に先立つこと3カ月、2011年4月に、HTC社は米ADC Telecommunications社から無線通信関連特許の買収で合意している。

 今回の和解は、こうした中での出来事だ。ここで重要なのは、Apple社とHTC社がライセンス契約を結んで和解したことが、一連の特許係争が金銭で解決できることを示唆しているという事実である。今後、AppleがAndroid側企業の特許侵害で差止め請求しても、差止めが認定される可能性は低まったと考えられる。損害賠償の請求で済まさざるを得なくなったとなれば、和解への流れが急速に強まるのではないだろうか。筆者が、Apple対Androidの特許訴訟における潮目の変化を感じるのは、こうした理由からだ。裁判所側も和解を強く勧めてきた経緯があり、新たな展開を歓迎しているに違いない。

 さて、両社の係争は標準必須特許の扱いや特許ライセンス契約条件にかかわる問題を表面化させているとも前回に解説した。FRAND(Fair, Reasonable And Non-discriminatory: 公平、妥当かつ非差別的な)条件でライセンスすることを宣言するIPRポリシーが、ないがしろにされている現状に、裁判所はどのような判決を下すのか。こうした問題点については、次回12月21日のセミナーで掘り下げて解説したい。