かつて世界中で大ヒットしたゲーム「パックマン」が誕生してから,30年超。パックマンの開発を担当した岩谷氏は今,東京工芸大学の教授として未来のクリエーターの養成に力を注ぐ。同大学は2010年4月,ゲーム学科を設立し,岩谷氏はそこで「ゲームの本質」を追求する研究を進める。同氏は今後,ゲームの可能性を大きく広げられるチャンスがあると考える。その理由を聞いた。ゲーム分野は日本が強い。ゲームの本質を生かす新産業を、日本発で生み出せるヒントがある。(聞き手は大久保 聡)

─立体視による3次元(3D)ゲームの制作に向けた設備をはじめ各種施設を充実させるなどゲーム・クリエーター養成に向けて力を注いでいると聞きます。

いわたに とおる 1977年にナムコ(現バンダイナムコゲームス)入社,1978年にナムコでのオリジナルのビデオ・ゲーム第1号である「ジービー」を制作。1980年に「パックマン」を制作し,2005年には世界で最も成功した業務用ビデオ・ゲーム機としてパックマンが「ギネスブック」に認定される。2007年に東京工芸大学 芸術学部 教授に就任。2010年には「パックマンのクリエーター」として岩谷氏自身がギネスブックに認定される。(写真:陶山 勉)

 東京工芸大学には工学部と芸術学部があるという点で,ゲームを研究するのに適しています。ゲームは工芸融合ですからね。ゲームでは,素晴らしい映像やストーリーといった芸術性とともに,ディスプレイやインタフェース,センシング,マイクロプロセサなどの技術がとても重要になります。さらに,ゲームにとって一番大事な「面白さ」となると,人の気持ちを研究する心理学など,遊びの本質を突き詰める文系領域もかかわります。

 ゲームはさまざまな学問が融合しているので,クリエーターとして育っていくには特定の専門領域のスキルを得るだけでは不十分です。人間とは何かなど,人の心を知ったクリエーターを育てることによって,今までにないゲームを開発できる人材になるでしょう。

 今後,ゲームを奥深く追求していける人材を育てるためには,単に遊べるゲームを制作するだけのカリキュラムでは足りません。まず,4年制大学ならではの一般教養は必要です。そして,プログラム分野には数学や物理といった科目がありますし,デザイン分野であればデッサンを2年生までに徹底的にやります。ゲームの企画分野では,それこそ幅広い知識が必要です。

 こうして学ぶことで,「遊びの本質は何だろうか」と幅広くとらえられ,そして奥深く追求できる人材になるでしょう。そのような人材を育成して,3Dの表現や,ディスプレイが要らないゲームといった,今後のゲームに求められる表現などを研究していきたいと思います。

─ゲームを奥深く追求するとは,どのようなことでしょうか。

 大学の役目として,企業が取り組むのが難しい基礎研究や未来のゲームの研究があるでしょう。我々は「ゲームを学問する」という考え方で研究に臨みます。例えば,ゲームをしているときのユーザーの脳血流を観測して,ゲーム展開と脳の活動状態の関連性を調査するといった研究もしています。こうした科学的なデータを積み重ねて,ゲームの功罪を明らかにしていきたいですね。さらに,リハビリや福祉,教育などの分野にゲームを活用していくことも視野に入れて研究を推進していきます。

 実際,ゲームはいつの間にか,いろいろなものに組み込まれていくものです。ゲームには面白さ,つまり人間の興味を持続させる力があります。例えば,トランポリンをやっていると楽しいからいつの間にか筋肉が付いてしまう,そんな感覚でゲームをしていると時間がたつのも忘れてしまう。ゲームをうまくリハビリに取り入れると,苦しかった運動も楽しくできるかもしれません。こうした形で,ゲームはさまざまな分野に深く,かつ静かに浸透していくでしょう。