報道という立場にいると、国内外のキーパーソンにインタビューする機会が多々あります。その都度、日経エレクトロニクスの誌面やTech-On!にインタビュー記事を掲載するのですが、掲載し切れないこともしばしば。インタビューの時間はおおよそ1時間、長くても1時間半程度、インタビュー相手の話を文字数にすると1万文字を軽く超えるからです。

 1万文字というとあまりピンと来ないかもしれませんが、一般的なTech-On!記事の5倍以上、日経エレクトロニクスのインタビュー・コラムの3倍程度といったところでしょう。インタビューはいつも盛り上がり、さまざまな話題が挙がりますが、記事として紹介できるのはインタビュー相手が熱く語った箇所、つまり話の中心にとどまりがちです。

 多くの場合、話の中心を抽出することでインタビューの全体像をお伝えできます。ただ、話の中心が複数ある場合があります。私がインタビューした最近の例では、英Dyson社の創業者でChief EngineerのDyson氏がそれに当たります。誌面では、「白物家電の未来像」を中心に紹介しましたが、インタビュー時にDyson氏が他に熱く語ったことを紹介し切れませんでした。それが、特許侵害の話題です。同氏の口ぶりからは、創造性を何よりも重んじる同氏にとって特許侵害は到底許すことができないことが強く伝わってきました。前置きが長くなってしまいましたが、今回はその内容を紹介しましょう。

 誌面では、中国メーカーによる特許侵害のことに触れています(Dyson氏の本誌インタビュー記事、日経エレクトロニクスDigitalより)。そもそもは「ウォークマン」についての話から発展した話題でした。「新しい技術によって時代の変革が起こる」という話をしているとき、一例としてDyson氏が挙げたのがウォークマンでした。そこから、特許侵害の話に至ります。そのときのやり取りは次の通りです。

――確かに、ウォークマンは時代を大きく変えた製品だった。だが、ウォークマンを生み出したソニーは今、革新的な製品を出せない苦しみの中にあるとの指摘は多い。

Dyson氏 ソニーは素晴らしい技術を進化させてきたと、私は捉えている。電子書籍端末や、デジタル・カメラに入っている撮像素子、電池など素晴らしいものを挙げると切がない。消費者の期待に応える製品も少なくない。
 だが、競争環境が厳しい。例えば、電子書籍端末では米Amazon.com社と競争しなければならない。同社は端末単体で利益を上げることが目的ではないので、端末だけで勝負するメーカーは厳しい。ゲーム分野における米Microsoft社のXboxとの競争関係もそうだ。それに加えて、ソニーは東日本大震災やタイの洪水の影響も大きく受けた。
 ソニーは再び素晴らしい企業に戻ると私は考える。かつての盛田昭夫さんのように、企業のトップがビジョンを持って会社を正しい方向に引っ張っていけるかどうかに懸かっている。まあ、それ以上に、ソニーのような企業にとって、実は常に「コピーされる」ということが大きな問題だ

――特許侵害まがいの行為ということか。

Dyson氏 コピーされることで、企業間の正しい競争が阻害される。資金をかけて技術を開発し、生産に移し、そして成功を収めるという、リスクをとって技術を進化させるプロセスが破壊されてしまう。この問題はソニーだけでなく、東芝やパナソニックにとっても同様だ。韓国のA社やB社など本誌注のコピー行為が続くと、技術開発で先行している企業は開発する意義を見い出せなくなり、発明意欲をなくしてしまう。

本誌注)Dyson氏は具体的な社名を挙げていた。

 Dyson氏にとって、どうしても許せないというコピー行為。それを防ぐために、特許は必要不可欠であると同氏は話を続けます。

Dyson氏 コピーを得意とするメーカーは、コピーすることでメーカー間の競争が促進されると主張する。この考えは、根本的に間違っている。特許は進化を奨励するものだ。司法がきちんと特許を守るようにすることで、後発のメーカーは自らのアイデアで他の技術を開発しなければならず、結果的に技術開発の促進につながる。
 技術進化がいろいろなところで生じると、消費者にとって製品の選択肢が増える。これこそ、消費者にとっての本当の選択肢といえる。「コピーは泥棒だ」という認識が薄い社会は問題だ。

 「安いから」などの理由で“似たもの”に飛び付く消費者が少なくない状況にも、同氏は憂いているのでしょう。「コピーかどうか」という話題はその後、米Apple社と韓国Samsung Electronics社の係争に及びます。そして、司法への期待を語ります。

――今、Apple社とSamsung社は世界各地の法廷を舞台に、特許権や意匠権で争っている。コピー行為について、社会が認識を深めるよい機会だと思うか。

Dyson氏 その通りだ。現時点では、とても狭い範囲で特許が守られている。司法側がもっとアクションを起こし、守る範囲を広げるべきだ。残念ながら、英国の司法はそうした行為をしていない。だから、Apple社は英国の訴訟でSamsung社に負けた。同様の訴訟でフランスやドイツでApple社は勝ったのだが。
 この特許侵害の係争に関して言えば、特許を保有する側が「悪いことをしている」という気分になってしまう。最初に発明したことを証明しなければならないからだ。そして、相手側がコピーしたことも証明しなければならない。それに対して、今度は「コピーした」とされた側が、原告に対して「あなたが発明者ではない」と主張するという、ややこしい裁判になってしまう。「X社がY社の製品をコピーしたように見えますか」といったところから、裁判を始めるべきであろう。
 どっちがどっちをコピーしたか、ほとんどのケースで明白ではないだろうか。iPhoneのような形のスマートフォンをSamsung社が最初に出したわけでないことは明らかだ。何で、iPhoneのような形のスマートフォンを出してきたのか。フィンランドNokia社の端末は、全く異なる。Samsung社は、iPhoneのような形は世界標準であると主張するが、それは本当とは言えないだろう。

 Dyson氏の話ぶりからは、Apple対Samsungの係争は「創造性の価値」を司法でどのように判断を下すのか大きな試金石になるとみているように、私は感じました。各メディアの報道では、Apple社とSamsung社はいずれも矛を収める気配はありません。どちらが勝つかという視点だけでなく、創造性に対する裁き方により深く注目せねばならないでしょう。