「本当に申し訳ございませんっ」。先日、Tech-On!読者の方から「海外工場見聞録の続きはいつ出るのか」との問い合わせをいただき、心の底からこう思いました。海外工場見聞録とは、2011年3月11日付同年5月10日付で掲載したシリーズ。同年2月末~3月初旬にタイ・ベトナム・インドネシアの工場を取材して、個人的に興味深く思った事柄を、写真と共にお届けするものでした。実は、第2回の最後に<次回へ続く>と記しておきながら、第3回を書く時機を逸しておりました。ここでお詫びし、続きを書かせていただきます。とはいえ、あれから1年半。「海外工場見聞録」改め「海外工場回顧録」として、第2回の最後で疑問を残していた「優秀な人材は本当に日系メーカーを去るのか」について取り上げたいと思います。

物を造れる人をつくる

 この疑問を抱くようになったのは2011年2月、タイのToyota Motor Thailand社のバンポー工場を見学した時のことでした。同工場は、ASEAN諸国に出張して最初に訪れた工場。外部からの見学ツアー向けガイドとして雇われていたToyota Motor Thailand社の契約社員の女性が、ツアー参加者の質問に答える形で、こんな発言をしました。

 「日本の企業より欧米の企業の方がタイの若者に人気がある」

 これを聞いて、ショックを受けました。「もしそうなら、若くて優秀な人材は、欧米企業にどんどん流れていってしまうのではないか」と思ったからです。本当のところはどうなのか。この点を念頭に置きつつ、その後の取材を進めることにしました(記事の本編は『日経ものづくり』2011年5月号の特集「和製見える化では甘すぎる」に掲載)。滞在中、タイの4社、ベトナムの2社、インドネシアの1社を取材しましたが、そこから見えてきたのは、日本企業と欧米企業では人材に対する考え方が異なるということでした(欧米企業の工場は直接取材していないので、あくまで個人的な感想にとどまりますが…)。

 日本企業の特徴は、「ものづくりの前に人づくり」を実践している点にあります。例えば、ベトナム・ハイフォンのKOKUYO VIETNAM社では、仕事の内容だけではなく、社会人としての作法を徹底的に教えていました(図1)。お客様が来たら、仕事の手を止め、相手の方を向いてきちんと挨拶をすること。職場はいつも清潔にしておくこと。物はきちんと決められた場所に置くこと。実際、私が工場の中を歩いていると、次々とスタッフたちがこちらを向き、大きな声で「コンニチワー」(しかも日本語!)と挨拶をしてくれました(図2)。

 タイはバンコク郊外にあるThai Yamaha Motor社では、こんなことがありました(図3)。日本人管理者2人への取材が一通り終わると、そのうちの1人がこう切り出したのです。「実はあなたが来ることを知って、『どうしても自分にプレゼンテーションさせてほしい』と言っているスタッフがいるんです。話を聞いてもらえませんか?」。

 もちろん、お話をうかがうことにしました。そのスタッフは、幅2m以上の大きな手作りボードを持参して登場(図4)。日本人管理者から何を学び、自分の考え方や仕事に対する姿勢がどう変わったかを意気揚々と話してくれました。今でも忘れられないのは、そのスタッフと日本人管理者たちとの間に流れる穏やかな「空気」です。日本人管理者たちの目は、まるで子供を見守る親のようでした。

人様の土地で物を造る者として

 3カ国で日本企業の工場を取材して実感したのは、日本人管理者たちの思いが実は、生産活動を滞りなく実施して利益を上げることだけにないということです。それと同じくらいのパワーを、その国の人たちと共に、人として成長することに費やしていました。「どうしてそこまでやるのですか?」と聞くと、「人様の土地で物を造らせてもらっているのだから、そこに住む人たちに何らかのお返しをしたいと思うのは当然」とのことでした。複数の取材先に聞きましたが、いずれも同じような答えが返ってきました。

 併せて、欧米企業と比べて日本企業の給料は高いか安いかも聞いたところ、全員が「安いと思う」と答えました。ある企業では、いったん欧米企業に転職したものの、戻ってきてしまったスタッフがいたそうです。理由は「ノルマが厳しすぎるから」。ここから想像できるのは、欧米企業が求める優秀な人材は、すぐに結果の出せる人材ということになります。

 給料は安いものの一から人を育てようとする日本企業と、給料は高いが初めから成果を求める欧米企業。両者は質的に異なるため、直接的には競合しないと考えられます。要は「その人の好み」。長期的に見て、どちらに軍配が上がるのか。今後も引き続き、ウオッチしていきたいと思っています。

 ちなみに、第1回はインドネシアのジャカルタで執筆したものですが、その中で「実は昨晩、自分自身のあまりの無防備さに唖然とする出来事があった」と書きました。これは、スカルノハッタ国際空港に到着し、到着口を出た所にある両替所で米ドルをインドネシアルピアに替えたところ、実際の7割くらいの額しかもらえなかったことを示しています。きちんと確認すべきでした(反省)。

(図1)KOKUYO VIETNAM社の事務所。この日はベトナムの「国際女性デー」であったため、女性スタッフへの花束が至る所に置いてあった。
(図1)KOKUYO VIETNAM社の事務所。この日はベトナムの「国際女性デー」であったため、女性スタッフへの花束が至る所に置いてあった。
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(図2)ノートやファイルなどを生産するKOKUYO VIETNAM社の工場。近づくと、立ち上がって挨拶をしてくれる。
(図2)ノートやファイルなどを生産するKOKUYO VIETNAM社の工場。近づくと、立ち上がって挨拶をしてくれる。
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(図3)Thai Yamaha Motor社の食堂。品揃えが多く、おいしい。
(図3)Thai Yamaha Motor社の食堂。品揃えが多く、おいしい。
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(図4)幅2m以上はあろうかという大きな手作りボードを使い、現場のスタッフがプレゼンテーションをしてくれた。
(図4)幅2m以上はあろうかという大きな手作りボードを使い、現場のスタッフがプレゼンテーションをしてくれた。
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