「トップ・クラスの半導体メーカーしかやらない設計を、機器メーカーであるAppleが手掛けるようになった」──。

 『日経エレクトロニクス』の2012年11月12日号に、「iPhone 5から読み解く、Appleの独り勝ち戦略 ─中核部品を徹底分析─」と題した解説記事を掲載しました(「日経エレクトロニクスDigital」版のページはこちら)。米Apple社のスマートフォン「iPhone 5」に搭載された基幹電子部品を分析したところ、Apple社が部品設計にも深く関与した痕跡が見えてきました。

 冒頭の発言は、アプリケーション・プロセサ「A6」の分析に協力した技術者の言葉です。これまでも日経エレクトロニクスでは「A4」「A5」などのApple製プロセサを分析してきましたが、A5までのCPU部はツールによって論理・物理合成したと推定できる回路でした。それがA6のCPU部は、ALUやシフタといった回路要素間でどのようにデータを流すかという“データパス”に基づいて回路要素の配置を手作業で決めたとみられる回路に、大きく姿を変えていました。

 A6の製造を手掛ける韓国Samsung Electronics社のアプリケーション・プロセサは、「32nm世代の技術で製造する最新の品種も、CPU部はツールで合成したとみられる構造になっている」(分析協力者)そうです。A6のCPU部をApple社が独自に設計したことは間違いないでしょう。

 データパスに基づく手作業での設計は、ツールによる合成を前提とした設計に比べ大きな工数が掛かります。CPUのような大規模な回路をデータパスに基づいて設計しているのは、米Intel社や米Qualcomm社といった一部の半導体メーカーに限られます。それと同じことをApple社が手掛けている点に驚きがありました。

 タッチ・パネル機能を内蔵する、いわゆる「インセル」型の液晶パネルの分析からも、機器メーカーであるApple社が部品設計に深く関与している様子が浮かび上がりました。詳細については『日経エレクトロニクス』の記事をご一読いただければ幸いです。

 解析協力者は「Appleならではの『スマイル・カーブ』をつくろうとしているのではないか」と、A6から受けた印象を語っていました。1990年代に提唱され、2000年代に広く使われた「スマイル・カーブ」は、上流に位置する製品企画や部品開発・製造と、下流に位置するサービスなどによる付加価値が大きく、その中間に位置する機器組み立てでは大きな価値が生まれない現象を指す言葉です。

 Apple社は、これまで部品メーカーに任せてきた部品設計を自社で手掛け、その部品を複数のメーカーが製造できる状況をつくり出そうとしているように見えます。そうした状況になると、製造だけを行うことになる部品メーカーの付加価値は相対的に下がるでしょう。しかも、Apple社はタッチ・パネル機能付き液晶パネルやアプリケーション・プロセサといった製品の差異化に直結する部品で重点的に実行しています。部品製造や機器の組み立て、標準的な部品の設計は外部の企業に任せ、付加価値が高い部分だけをApple社に集約させる狙いがありそうです。

 こうした戦略は、一朝一夕でできるものではありません。2008~2010年にかけて米P.A. Semi社や米Intrinsity社といった半導体設計企業を相次いで買収したように、数年前から周到に準備してきたことがiPhone 5でようやく形になったのでしょう。Apple社のすごみを感じました。