─副社長の打診を受けたのはいつごろですか。

 僕がキヤノンの顧問になって4年になります。就任当時,別の企業の社外取締役をはじめ,いくつかの仕事を持っていました。このため,キヤノンには最初は,週1日だけ顧問として来ていましたが,その後ドンドン引っ張り込まれ,まさにアリ地獄にはまったわけです(笑)。その中で,「顧問というよりは,もっと中に入り込んでやってくれないか」と言われていました。

 その後,他の仕事を整理するなどして,顧問としてキヤノンに週4日程度は来られるようになりました。ただ,

御手洗(冨士夫)会長は,やっぱり週4日とかではダメですよ,と。週5日フルに来れば中に入れてやるというか,そうしてくれと言われてね。そして,週5日間,ちゃんと時間を使えるようになって,副社長ということになった。

─キヤノンの研究開発部門は,生駒さんの目にどう映っていましたか。

(写真:栗原 克己)

 外から見たら,すごく強いですよね。しかし,中に入ると,いろいろなことが見えます。キヤノンの場合,誰でもできるものではない,本当に限られた企業しかできないような,いわば「擦り合わせ」技術的な製品はとても強いですよ。垂直統合的な体制でアナログ的な技術を磨き上げていくもので,例えば,電子写真にしろ,インクジェットにしろ,カメラでいえばレンズなどもそうです。これらはほとんどがアナログ的な技術で,デジタル化しない。コントローラはデジタルだけれども,実際に中身の肝心な部分はアナログ。このあたりが非常に強く,今の製品も競争力が高い。

 むしろ,キヤノンを取り巻く一番の問題は,従来注力してきた領域が技術的にもビジネス的にも成熟しつつあることです。新たなビジネスが必要になる。この観点で見ると,キヤノンはこれまで得意分野に注力してきた分,周辺の技術がない,というか弱い。例えば,オプティクスでは,キヤノンは可視光の領域は強い。でも,ここからちょっと外れたところは,それほど技術がない。日本にはアプリケーションがないからです。

 だから僕の役割というのは,キヤノンのコア・コンピタンス(強み)を形成する技術分野の幅を広くし,層を厚くすることです。このため2009年1月に「総合R&D本部」を新設しました。

 僕が呼ばれた理由は,もう一つあると思います。どこのエレクトロニクス企業も同じですが,ソフトウエアからハードウエア,そして,キヤノンの場合はメカからオプティクスまで扱う。伝統的な技術を手掛けると同時に,通信,ネットワーク,無線などの分野も対象にする。これらの技術をすべて見られる人が日本にはなかなかいない。複数のCTOを置かざるを得なくなる。日本のエレクトロニクス企業に本当のCTOがいないといわれるのは,このあたりに理由があります。

 一方,僕は半導体の研究業務に長年携わってきましたが,ソフトウエアは得意じゃないけど理解できる。機械も専門じゃないけど分かります。昔,製図までやっていましたし。僕ぐらい広いスペクトルを持っている人はいないと思っています。そういう意味では,キヤノンの技術領域全般をカバーできる。キヤノンにとって何が重要で何が重要でないか,その目利きが僕にはできる。そう思っています。

 自分の専門分野をプロフェッショナルの域まで磨くことが重要です。自分のコア・コンピタンスや,他と自分を差異化できるものを持つ必要がある。給料というのは,会社にどれだけ価値を与えたかのリターンとしてもらうべきです。若い人たちに言いたいのは,人が持っていない技術を身に付けるのが第一ということです。

 同時に必要になるのが,身に付けた技術を世の中の需要に合わせて変えること。欧米人は,これがうまい。自分の専門分野を5年とか,10年の単位で変えていく。そのベースにあるのが,基礎的な学問を習得していることです。日本は基礎的な学問がおろそかになっていて,日本人のフレキシビリティーのなさというか,専門分野を変えられない一つの原因になっている。世の中の変化に付いていけず,脱落していくのは企業も同じです。

 こうしたことは,自分で学ばなければ誰も教えてくれません。若い人たちは,教わったことは知っておく必要があるけれども,教わらなかったことは知らなくていいという感覚がものすごくある。うちの社員も同じ。言ってくれたらやるよって。何も言ってくれないから,おれはすることがないと。