多様性重視で個々の専門性生かす

 ナノフォトンのマネジメントが興味深い。米Apple社の発想に近いものがある。Apple社の商品は、ソフトウエア、通信、画像処理といった複数の高度な技術が融合してできている。組み合わせの妙と言えるかもしれない。単に融合させただけではなく、使いやすさというヒューマン・インタフェースの技術も練られている。製造部門を自社で持たないファブレスでありながら、あれほど緻密な商品を造る能力も偉大なる「製造能力」と言えるだろう。

 そして何よりも、単にマーケティングという発想から生み出されたものではなく、故スティーブ・ジョブス氏の「こんなものがあったらいい」「こんなものを造りたい」という思いから誕生している。潜在需要を掘り起こして新たな市場を創出したのだ。

 ナノフォトンの商品も、河田教授の「応用物理」だけから生まれたわけではなく、医学、化学、情報通信、電子工学、ナノテク、経営学といったあらゆる学問分野が融合して誕生したものだ。そして「我々が造りたいもの、こんなものがあったらサイエンスの発展に役立つだろうと思うものを造っていくのがナノフォトンの基本方針です。だからコンセプト作りにものすごく時間をかけます。科学者はこれまで誰も発見できなかった成果を求めて研究に励んでいるので、市場創出型のビジネスは得意」と河田教授は語る。ナノフォトンもApple社と同様にファブレスである。

 こうしたコンセプトでのもの造りを実現可能にしているのが河田教授の多様性を重視した人材活用術ではないだろうか。正社員12人のうち、8人が博士号、2人がMBAを持つ頭脳集団で、個々の専門性を生かしている。特にポスドク(博士研究員)を活用している点がミソだ。ポスドクとは一般的に、博士号取得後、任期制(非正規)の職に就いている人のことを呼び、日本では大学院教育を拡充した結果、博士号を取得しても助手や准教授といったポストが足りなくて就職できない、いわゆる「ポスドク問題」が深刻だが、こうしたポスドクの人材を正社員として積極採用している。

 例えば、専用ソフトウエア「ローラス」を開発した河野省悟氏は阪大生命機能研究科で博士号を取得後、2011年にナノフォトンに入社した。2012年春に入社した営業担当の鶴沢英世氏は東大工学部物理工学科で博士号を取得している。

 この他にも医学との連携では技術顧問として高松哲郎・京都府立医科大学大学院教授を、監査役として朝日監査法人(現あずさ監査法人)元副理事長で公認会計士の篠原祥哲氏をそれぞれ招聘している。篠原氏はベンチャー支援に熱意のある公認会計士として知られる。

 ポスドクを積極採用するのは、河田教授の研究・教育方針とも大きく関わりがある。まず、「研究のための研究は認めない。商品化など社会に役立つ研究をすることを大前提」(河田教授)とした方針を打ち出している。教育についても、「博士号を取ったからといって研究者になる必要はない。博士号という専門性を生かして、政治家、ジャーナリスト、映画監督、ベンチャービジネスの経営者といった世の中を変えられる可能性のある仕事をしよう」と指導している。

 こうした教育を阪大外でも実践する。東京と大阪に「科学者維新塾」を設立、外部講師を招聘(しょうへい)し、熱い議論を重ねながら理系大学院生が研究とは別の新しいことに挑戦する契機となる場を提供している。「科学者維新塾」のモデルは、幕末に大阪で開講されていた緒方洪庵の「適塾」にある。医者になるための私塾でありながらOBは多士済々で、必ずしも医者の道を歩んでいない。慶応義塾の創設者・福沢諭吉、日本陸軍の礎を築いた大村益次郎らがその代表的なOBだ。他にも明治という新しい時代を築いた偉人たちを輩出した。

 当時では最先端の「蘭学」を学ぶことで、世界を見る目を養い、そこから世の中を変える原動力が誕生したということだろう。科学者維新塾も、そうした人材の輩出を目指しており、ナノフォトンが受け皿の1つになっている。前出の鶴沢氏は東京で科学者維新塾に入塾、触発されてナノフォトンへ入社した。