“変形デジカメ”と称されるカシオ計算機の「EXILIM EX-TR100」。誕生のきっかけは、あるデザイナーの悩み。デザイナーと技術者が互いの思いをぶつけ合いながら一つの製品を生み出すプロセスは、新製品開発の参考になる。全6回の開発物語の第1回である。

 デザインが固まって、いよいよ製品化に向けて動きだした“変形デジカメ”。デザイナーの長山は着々と外堀を埋めて味方を増やしていった。順調に開発が進むかと思われたが、商品企画の小野田との攻防が待ち受けていた――

現・カシオ計算機 デザインセンター プロダクトデザイン部 第一デザイン室 室長
現・カシオ計算機 デザインセンター プロダクトデザイン部 第一デザイン室 室長
(写真:加藤 康)

「こんなのどうでしょう?」

 2009年3月。長山洋介(現・カシオ計算機 デザインセンター プロダクトデザイン部 第一デザイン室 室長)は作り上げたデザイン・モックを片手に、熱弁を振るっていた。年に2回、カシオ計算機のデザイン部門が開催するデザイン・コンペの壇上である。カメラの持ち手として可動式フレームを取り付けたデザインや機能について、丁寧に説明した。

「いいじゃん」

「何か新しい感じだね」

 同僚のデザイナーからの反応はすこぶる良い。何より「可動式フレームが理にかなっている」と評価されたことに、長山は手応えを強く感じていた。

 長山が開発当初から意識していた「静止画と動画の垣根をなくす」ことにも共感が得られた。結果、発表された10作品の中で、人気投票でトップの評価を獲得する。

要の設計者を味方に

 デザイン部門で高評価を得たものの、その後の開発がスムーズに進んだわけではない。これまでにない奇抜なカメラを世に送り出すことは、従来の開発プロセスでは到底実現できないと長山は感じていた。

「実際に作れるのかな?」

 このことが、イラストを描いていた時からずっと気になっていたのだ。

 そこで、長山は通常のプロセスとは違う流れで開発を進めることを決心する。商品の開発は一般に、商品企画の担当者や、事業部長に話を通すことから始まる。

 ただし、今回の製品の場合は機構部が最も重要な要素だ。「いろいろ考えた後に、作れません、となるのだけは嫌だった。そこで、まずは“要”を抑えにいった」(長山)。こうして真っ先に相談に行ったのが設計者である。

 長山は、デジタル・カメラの設計者をほぼ全員集めてプレゼンテーションを敢行。とにかく、実際に製品を作る人たちがどういうジャッジを下すのか。緊張の瞬間だった。

「頑張れば、できそうだね」

 設計者からは良い反応が返ってきた。同時に、フレーム強度の確保や小型レンズの開発といった新たな課題も指摘されたが、一気に“変形デジカメ”の開発が現実味を帯び始めたのを長山らは実感する。ものづくりのプロが作れると判断してくれたことは、長山たちの背中を強く押した。