三菱総合研究所 理事長、小宮山 宏氏。専門は化学システム工学。2005年に東京大学の総長に就任。その後、2009年から現職。プラチナ構想ネットワーク 会長なども務めている。
三菱総合研究所 理事長、小宮山 宏氏。専門は化学システム工学。2005年に東京大学の総長に就任。その後、2009年から現職。プラチナ構想ネットワーク 会長なども務めている。
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人類の足跡10万年全史、Stephen Oppenheimer著、仲村 明子訳、2,520円(税込)、416ページ、草思社、2007年8月
人類の足跡10万年全史、Stephen Oppenheimer著、仲村 明子訳、2,520円(税込)、416ページ、草思社、2007年8月
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 『人類の足跡10万年全史』は、人類最大の発見の一つである“ゲノム”の研究成果を基にしています。私がこの本を気に入っているのは、ゲノムという新しいツールを使って、考古学や文化人類学などの成果と結び付けながら、人類史を再構築する壮大なストーリーを作っていくところです。まるで、シャーロック・ホームズが、さまざまなヒントを集めて事件を解決していく感覚に似ています。

 科学者もこの著者のように、研究成果をつなぎ合わせて、全体を俯瞰した議論をする必要があるのではないでしょうか。学問の世界では、針の先をどんどん尖らせるように、細かいところへと突き進んでいかざるを得ません。これは、ある種の宿命です。しかし、そこから再び全体像を作る作業が重要なのです。研究成果が、どのような意味を持っているのか、人類にどのような恩恵をもたらすのか。こうした説明責任を怠れば、人々にとって科学の意味が分からなくなります。研究者も、自らの研究の意義を見失うでしょう。そうなれば、科学がダメになってしまいます。

 私は過去に、DRAM技術について調べたことがありました。その際、半導体の研究者は、ムーアの法則に基づいて、技術開発がどのように進むのかを雄弁に語ってくれました。しかし、技術が進んだときに、それを何に使うのか、何が起こるのか、社会がどうなるのかについて、明確に説明してくれる人はいませんでした。そのとき、私は不思議な感覚に包まれるとともに、「この産業はダメだ」と思ったのを覚えています。

 現在は、DRAM技術を調査したときよりも、社会がはるかに複雑化しているために、全体像を見渡すことは容易ではないでしょう。だからこそ、説得力のあるビジョンを示すことができる人が必要なのです。

 全体像を示す重要性は、世界でも徐々に浸透していると感じています。私は、2012年に英国で創設された「クイーンエリザベス工学賞」の審査委員を務めているのですが、他の委員に全体像を示す重要性を話すと納得してくれました。社会に役立った技術を表彰しようという、この賞の趣旨にも合致します。賞金はノーベル賞よりも高額な100万英ポンドであり、全体像を議論する重要性を認識する一助になると期待しています。(談、聞き手は日経エレクトロニクス)

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