◆PLMの進化期:2006年~現在
 米国発リーマンショック(2008年)以来の欧州経済不安を背景に、この時期の製造業における最も大きな変化は“グローバルな水平分業化”の一般化と拡大であろう。かつては先進国が自国を機軸とした垂直統合により、重工業をはじめ、自動車工業、家電工業などを囲い込んでいたが、表に示したように、1980年代にパソコンを典型例とする、米国から台湾などへの“EMS企業への生産の水平分業化”が始まった。以降、この流れは電気・電子・情報機器業界などへ急拡大し、EMS企業も生産・組立だけでなく、開発設計などの川上機能をも併せ持った業態へと統合化・巨大化が進んでいる。

 一方で、PLMベンダー側からは、次のような4つの特徴ある変化が発信された。

  • 1.アプリケーション・アーキテクチャの統合化
  • 2.PLMベンダーのターゲット業界の拡大
  • 3.PLM参入企業の多様化
  • 4.新結合=イノベーション

〈1.アプリケーション・アーキテクチャの統合化〉
 1つ目は“統合化”である。どのPLMベンダーも、その進化過程でCADやシミュレーション、PDM、ドキュメント管理、PLMといったツールベンダーの買収を進めており、それらの“アプリケーションやアーキテクチャを統合化”している。あるいは“メカ”と“エレキ”、“ソフト”については、相互のアプリケーション統合までは至ってないが、それらのプロセスやデータ管理の統合化が始まりつつある。これらを総合して“グローバルな統合PLMプラットフォーム”などと称し、グローバルな水平分業化への対応を訴求している。

〈2.PLMベンダーのターゲット業界の拡大〉
 2つ目はPLMベンダーのターゲット業界の拡大だ。これまでは航空機、自動車、ハイテク、家電、精密機器、建機、工作機、一般機械業界などを主としていたが、次のターゲットとして、医療機器、一般消費財、アパレル、食料品、建設業界などへ拡大する動きが盛んになっている。その例が、業界固有の世界規準・規程プロセスへの電子的な対応(品質の維持・管理のための成果物、承認プロセス管理、品質問題のトレーサビリティなど)である。従来の環境規制対応(ISO14001)や品質管理対応(ISO9001)などに加えて、食料品・医薬・医療業界固有の規程や、安全性規準・規程対応に拡大したものである。より本質的な業務プロセスや業務手順まで入り込むのがPLMの本質であると考える筆者にとっては、大いに歓迎すべき変化である。これも次回で述べたいが、現在のものづくり企業にとって、“グローバル水平分業化”の一員よりも、“グローバル水平統合化”の一員となることのほうが強い基盤を作れると思っている。

〈3.PLM参入企業の多様化〉
 3つ目は、PLMへの参入企業の多様化である。ERPベンダーである独SAP社や、DBベンダーである米Oracle社、電気設計系ツールベンダーである図研などの業界からのPLM参入である。

〈4.新結合=イノベーション〉
 4つ目は、米Aras社のイノベーティブなPLM(正確な定義が難しいが、オープン・ソースPLM、ライセンス・フリーPLM、サブスクリプション・モデルPLMなど)に代表されるもので、やや拡大解釈だがシュムペーターの説く“新結合=イノベーション”である(本コラム第6回参照)。シュムペーターのいう“新しい販路の開拓や新しい生産方法”がAras社のライセンスフリーであり、“新しい供給源の獲得や新しい組織”がコミュニティーやパートナーとともに付加価値のあるPLMをつくるビジネス・モデルと思われる。これは注目すべき変化である。

 一方、この時期の日本のPLM適用実態は、残念ながらベンダー側の大きな変革に対して取り残された感がある。表に挙げたように、データ管理の進化はあっても、業務の本質に迫る適用例は一部の自動車会社を除きあまり聞かれない。既にPLM導入済みの企業はさらなる進化を目指しているものの、多大な追加投資に見合う効果を出すのは困難になっている。また、新規導入を検討している企業も、導入目的はあっても巨額の投資に値する説得力あるストーリーが描けないのが正直な状況だろう。ただ、日本生まれのPLMについては、日本型ものづくりプロセスに対するこまめな対応を武器に、導入も増えていると聞く。実際、個別受注型に対応できる仕様管理やBOMの構築、引合い~受注~製番管理などの構築例が増えており、日本製の素材型あるいはテンプレート型のPLMが中堅企業に拡大しているようだ。

 見出しに書いたように、この時期は“PLMの進化期”と言いたいところだが、筆者は、この時期を逆に“ユーザー適用の進化が止まった時代”と捉えている。つまり、PLMの定義が持つ高い戦略性に対し、戦略的な構築・活用に至っていないと考えているのだ。前述の「日経ものづくり」誌による2005年頃からの継続実施PLM実態調査として、2010年夏に実施した「日経ものづくりNEWS」の読者アンケート結果によると、「PLMをイメージできない55.6%(回答者の約半数は1000~1万人以上の規模の会社)」という結果が出ているのも事実なのである。

 ここで筆者が不思議に感じるのは、ともするとPLMベンダーが実質的なイニシアティブを取りがちになっていることだ。ベンダーのいうことに大きな間違いはないが、ユーザー側がイニシアティブを取って自社の進むべき業態や本質的な構築目的、適用範囲などを主体的に考え、さらにPLMに対する見識眼も併せ持って真剣にベンダーと対峙していかないと、ベンダーの都合ばかり優先されて構築されかねないだろう。