◆PLM導入の最盛期:2000年~2005年 (ベンダーがPLMの戦略を訴求し導入が活発化した時代)
 2002年頃、日本のバブル崩壊後の経済低迷が一時的に回復基調となり、投資可能な状況に転じた。この時期すでにベンダーは、PLMの戦略やソリューションの訴求を開始しており、企業競争力の強化を目指す自動車、建機、ハイテク、家電、精密機器、工作機械業界のOEMは、こぞって3次元CADやシミュレーション・ツール、PLMを導入。特にデジタル・モックアップによるフロント・ローディングの仕組みを追求していった。また、当時はPCに始まる開発設計と生産のグローバルな水平分業化が、電気、電子、情報機器関連のあらゆる製品に及んだ時期でもあり、PLMベンダーにとって、これはまさにうってつけの環境変化だった。特にハイテクや家電、精密機器業界など製品サイクルが短い企業に向け、グローバルな適地生産あるいはEMS(Electronics Manufacturing Service)への委託において、PLMこそ必須の情報戦略/基盤だと大いに喧伝され、結果として、PLMがSCM軸と両輪をなす経営戦略だという認識が醸成されていったのである。

 ここで筆者は、やや揶揄的に“喧伝され”と表現した。それはベンダートーク(販売戦略)に乗り(あるいはユーザー側の推進者がそれを利用して)導入したものの、成果を問うと、現在でも「必要性は認めるが、投資対効果的なそれは不明瞭」、「恩恵を受けるユーザーがいるのか不明」、「次に何に手を付けて成果を出すかストーリーが見えない」などの答えが平均的な実態だと感じるからだ。実際、当時の“PLMツール”に対して、筆者には、PLMの説く戦略的コンセプトである“製品定義情報の一元管理、および統合活用による製品ライフサイクルの全体最適化”はどこまで可能なのか、本当に設計者を始め会社のためになるプロセス改革につなげられるのか、という懸念があった。その生い立ちからして、米国の製造業には良くフィットしたPLMも日本ではPDM以上の効果を期待できないのではないか、と思っていたのである。

 当時の米国におけるPLM適用例には、2つの代表的パターンがあった。1つは航空機OEMや自動車OEMのケースで、簡単に言えば、巨大なデータ保管管理と厳格な規定に沿った変更プロセスの管理である。また、2つ目は米DELL社が先鞭をつけたパソコンのBTO(Build to Order)ビジネスモデルへのPLM適用ケース。すなわち完全なモジュール化の進化により、OEMの要求としての製品仕様管理や大日程のマイルストーン管理、SCMによる調達・生産・組立・納品・在庫などの全体最適化の例だ。2つのうち、後者は当時の米国製造業の復権を目的とし、大胆なBPRにより“開発・設計などの川上機能プロセスの中抜き”と、生産・組立のEMSへの委託という企業モデルであり、ここからグローバルな水平分業化が広がっていったのである。

 これに対して、当時の日本のものづくりは垂直統合型プロセスが基本だった。その特長は、開発・設計と次工程の生産技術(生産準備)との密な擦り合わせの仕組みにあり、DR1(デザインレビュー1回目)からDR2、時にはDR3までの期間で各タスクでのデータが動的に変化・収束していく。この混沌としたプロセスにおいて、PDM・PLMツールで、日々一元的・統合的にデータを管理するのは、仕組み面や技術面からみても現実的とは言えないだろう。ところが当時のベンダーは、とかく「CAD・PDM・PLMツール間の統合的なデータ一元管理とその活用による成果獲得」をアピールする傾向が強く、PLMの現実的な導入に関する、ユーザーとベンダー両者の理解度には大きなギャップがあったと思う。

 これはどちらが悪いということでもない。双方が互いのPLMの技術レベルを充分理解しないまま、あるいは導入の的確な目的まで咀嚼せずに進めた“前のめりな”展開により、一部の成果に止まってしまったケースがあったと感じているのである。“あるべき”論や技術的な可能性だけが先行すると、成果以前に無用な混乱を現場に与えてしまいがちだ。かといって、現場が従来の仕事のやりかたに拘泥し、推進者側が何も見直せないまま安易に道具の導入に走れば、何も本質的な変革を起こせないまま高額なデータ管理の箱が残ってしまう。当時としては、それぞれが未熟であり仕方なかった面もあるが、筆者には、今からでも現状を見直して再構築すべきPLMが、少なからず存在するように思える。

 余談だが、最近、日本ではCADの軽量化データ(CADビューワ)として、ラティス・テクノロジー(本社東京)のXVLや富士通のVPSが出現し、設計検証、生産準備検証などに使われるようになった。筆者の前職においても、設計した3次元モデルに対して、生産技術部門が生産準備の各種検証を行い、早い段階から設計へのフィードバックの仕組みが整った。このようなビューワ・ソリューションが日本で開発され、いち早くわが国のものづくりの川上プロセスで使われるようになったのは、前述の“開発設計と生産準備の擦り合せの度合いの強さ”という日本のものづくりの特徴があったからだろう。

 このPLM導入最盛期の課題は、今に至るまで残っているものが多い。次回は、これらの課題について具体的に分析しつつ、現在に至るまでのPLMの姿を明らかにしたい。