細かい作業状況を入力することで、経営の効率化という「副産物」も生まれた。収穫量の推移や無駄な作業をデータで管理し始めたため、原価も「見える化」、利益目標が立てやすくなったという。例えば、畑が140カ所に分散しているため、同じ土地で同じ作物を植え続けると起こる「連作障害」を防止するための管理が大変だったが、コンピュータ上でどの畑にどの作物を植えればいいのか、簡単に管理できるようになった。

 万一、出荷した野菜に品質上の問題があり、クレームを受ければ、約30分で栽培した畑や出荷作業担当者までも突き止める。無駄を排除するために作業の標準化も推進し、農薬の希釈→運搬→散布→空容器処理といった安全管理が重要な作業の手順書は、航空会社の整備に対する思想を参考にして作成した。

 松本農園は「グローバルGAP」などの農産物の国際認証を取得し、輸出戦略も強化。すでに野菜を英国や香港に輸出した他、韓国や台湾などアジア圏への輸出強化を狙う。こうした取り組みの結果、松本農園の現在の売上高は約2億円で、7年連続の経常黒字を達成した。

タブレット端末から生産情報を管理可能に
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 松本氏は新会社を設立し、これまで松本農園で展開してきたことを進化・発展させる。農家のフランチャイズ化によって、すでに実績のある生産情報管理システムを、クラウド・コンピューティング・サービスで提供してタブレット端末上で操作可能にする。「同じDNAを持つ農家を育て、アライアンスを組むことで国際競争に勝つ連合体を作りたい」と松本氏は語る。販路の開拓も新会社が行う。

 すでに松本農園は農産物の生産・管理基準を定めた国際規格「グローバルGAP」を取得しており、フランチャイズに加盟すればこうした国際認証の取得も支援する。松本氏は日本の農家の連合体を作り、世界市場で戦うことも強く意識しているからだ。そのためには世界市場への「免許証」である国際認証が必要だが、日本では「日本版GAP」も登場しているが、「グローバルGAP」を一部ベンチマークしただけであり、世界では通用しない。

 フランチャイズイズの加盟料は無料だが、加盟農家からは売り上げ規模や面積に応じて認証取得支援料やITシステム利用料を取る。最大で売上高の9.2%になる見込み。

 松本氏は「今後はこのフランチャイズを高齢化で後継者のいない地域農地の受け皿としても活用し、経営基盤の拡大も目指したい」と話す。

 松本氏のこうした取り組みは、「畑が見える農園」として知られ始め、トヨタ生産方式の研究者や日本経団連も視察に来るほどだ。

 東京大学ものづくり経営研究センター長の藤本隆宏教授も松本農園を訪れた一人だ。藤本教授は『ものづくりからの復活 円高・震災に現場は負けない』(日本経済新聞出版社)の中で松本農園の事例を紹介して、こう指摘している。「こうした圃場(ほじょう)の作業管理・工程管理が、製造業の『良い現場』と多くの共通点を持つことは明らかである」

 藤本教授は著書で、一貫して「日本に良い農業現場をもっと増やそう」と主張している。そして、「市場に向かう『良い流れ』をまず作り、そこから逆算して『良い圃場・良い作付け』を設計するのが基本だ」とも述べている。松本氏の一連の取り組みは、一言で言えば、良い流れを作る農業なのである。

 そして藤本教授はこう続ける。「ここで重要なのは、長年にわたり国際競争で鍛えられたわが国製造業の『良い現場』のものづくり知識を、農業の現場にどんどん注入することである」