今後は、電気と水の供給に付随するプロジェクトにも領域を広げていくつもりだ。例えば、海の近くの村では井戸水に塩分が混じる問題があるので、海水淡水化装置の設置を進めている( 図3)。政府機関からの依頼を受けての設置のほか、我々の事業としても展開し始めた。

図4●USOプロジェクトでビアク島(ニューギニア島北西部)に設置されたVSAT(Very Small Aperture Terminal=超小型地球局)システムのパラボラアンテナ。通信衛星と双方向でデータをやりとりできる。屋根の左上には通信設備を稼働させるための太陽光発電パネルが見える
(写真:日立ハイテクノロジーズインドネシア会社)
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図5●USOプロジェクトでビアク島に設置されたIP電話を使う人
図5●USOプロジェクトでビアク島に設置されたIP電話を使う人
(写真:日立ハイテクノロジーズインドネシア会社)

 電気があれば、電話も使えるようになる。インドネシアでは携帯電話の普及が進んでいるものの、無電化村では当たり前だが携帯電話も使えない。そこでUSO(Universal Service Obligation、どこでも均質なサービスを受けられるようにするために通信事業者などに課す義務)プロジェクトの一環として、蓄電池を備えた太陽光発電システムとパラボラアンテナ、IP電話をパッケージにしたシステムを提供している(図4)。これはいわゆる「公衆電話」で、電話を使ったことのない人が初めて遠くの人と話せるようになり、病気など緊急時の連絡に役立つと喜ばれている(図5)。

――そうしたシステムの中に日本企業の製品やシステムは使われているか。

 我々のスタンスは、現地のニーズに合った製品を世界から最適な形で調達すること。できる限り日本製品を採用したい気持ちはやまやまだが、結果として他の国や地域で造られた製品を採用することも多い。

 例えばIP電話は台湾、太陽電池のセルは日本のものだけでなく、中国や韓国からも調達している。インバーターも韓国製や中国製を使うことが多い。日本製は高品質で、インドネシアでは高いブランドイメージもあるが、価格面で合わないことが多いのが大変残念だ。

――日本企業はどうしたらBOP市場に入り込めるのか。経験から得たヒントがあれば教えてほしい。

 日本企業は「いいものをつくれば高く売れて当たり前」と思っているのではないか。我々が現地ニーズに合いそうな製品を見つけて問い合わせても、電圧などの基本的な部分をインドネシア仕様に変えることすら最初から断られるケースもある。もっとインドネシアの市場に入り込んで、ニーズを把握した上で製品を開発しないと花は開かないのではないか。

 我々のパートナーは華僑系の企業だが、日本企業と付き合いたいといつも言っている。中国や韓国の企業はいったん進出しても市場環境が悪くなるとすぐに撤退することも多い。これに対して、日本企業とは長期的な信頼関係が結べると言っている。

 いったん設置したら長く使いたいシステムでは、製品の信頼性も大事だ。例えば最近、低価格を武器に落札・納入された外国製の太陽光発電システムが、たった1年で大幅な出力ダウンに陥ったという話もよく聞く。日本の製品ではこんなことはないだろう。日本人にとってインドネシアは言葉の問題や生活環境の問題など大変なところもあるが、BOPのニーズに合わせて試行錯誤をしながら、仕様が過剰な点を見直していけば競争力を高める余地は大いにある。

――現地で苦労するだけの魅力がインドネシア市場にはあると。

 1980~90年代に世界を席巻した日本の家電や半導体などが苦境に陥っている現状を見れば、パラダイムシフトが起きているのは明白だろう。これまで日本の製造業は、先進国市場に向けた高価格・高付加価値な製品の開発競争にしのぎを削ってきた。これに対し、急成長を遂げるアジア、アフリカなどの新興国市場で中国、台湾、韓国企業などと本気で闘うための抜本的な変革を迫られていると言っていい。

 極端な例かもしれないが、インドネシア政府は今、出力50Wの太陽光発電パネルと6Wの電灯が3つ付いただけの「ソーラーホームシステム」を電化率向上の一助として普及を進めている。こうしたものは日本にいては発想すらできないのではないか。日本企業がBOP市場において成功することは容易ではないが、少なくともどんな製品が求められているのかということは深く理解する必要がある。

 私がインドネシアの地方村落に来て驚いたのは、月収1万円ほどの人が、主に照明や1日4時間ほどテレビを見るために、電気代に3000円も払っているという生活スタイルだ。かなり貧しくても3000円程度の携帯電話を持っている。温暖で豊かな自然があるため、衣食住にあまり困らないという背景はあると思うが、それにしてもテレビなどの娯楽や携帯電話、家電やオートバイなど文化的な生活に対するニーズは極めて高い。

 既に中国企業などはここにフォーカスを当ててビジネスを展開している。日本企業は手をこまぬいていていいのか。BOP層が経済的に豊かになるにつれて、さらに市場は拡大する。今、苦労しても手をつけるだけの魅力は十分にある。

この記事は日本経済新聞電子版日経BPクリーンテック研究所のコラム「クリーンテック最前線」から転載したものです。