ブランド調査:測れないものは管理できない

 ブランドの強化を通じてビジネスを発展させるためには、まず自社のブランド力やベンチマークする他社のブランド力の実態を客観的に把握する必要があります。以降では、「ブランドの測定方法」について述べます。

 冒頭で紹介したように、中国工業情報化部は中国企業のブランド育成を支援するにあたって、まずブランド力の実態調査を行ない、その結果を計量化してカテゴリーごとにランキングしています。このようにブランド調査を設計・実施し、結果をデータベース化して分析に活用する一連の作業は、日本でもごく普通に行なわれていることです。ブランド構築のプロセスを管理するためには、ブランド力を説明する重要指標を用いて、元来、人間の頭の中に「イメージや記憶」としてあまり整理されずに存在している、様々なブランドに対する評価を客観的・体系的に測定して数値化する必要があるからです。

 ただし、この「頭の中のイメージを数値データで把握する」ことはそんなに簡単ではありません。例えば中国の「C-BPI調査」では、ブランドの強弱をブランド知名度とブランドロイヤリティ(忠誠度)の2つの側面から測定しています。それらのスコアに係数を掛けて総合評価指数(C-BPI)を計算し、スコアの大小でブランドをランキングしているのです。

 しかし、ブランドイメージは企業や商品が発信するあらゆるメッセージや経験の総体ですから、単純に知名度と忠誠度だけで測りきれるものではありません。「ブランドの力は知名度とロイヤリティの高さで測れる」という仮説はかなり単純なモデルと言わざるを得ません。ですから、この数値をいくら眺めても次の打ち手が見えて来ないのです。このような計測方法は実は巷に溢れていて、結果としての現在のブランド力の確認にはなっても、効果的なブランド戦略構築のための指針はここからは見えてきません。

なぜ「調査結果」は役に立たないのか

 上記のように、調査はしたものの結果が実務に役立たないという状況はブランド調査以外でもよく出現します。一般にマーケティング担当者がよくやる消費者調査でも同様の傾向が見られます。

 その理由の第一に、一般の生活者から意見を聴取してそれを計量化することの限界があります。消費者に質問しても、意味ある答えが得られない。「お客様の声を聞け」というのは現場の問題解決に役立つ苦情や提言を得るには良い方法なのですが、マーケティング戦略やコミュニケーション戦略上の重要課題をお客様に考えてもらうわけにはいきません。彼らは経営者でもコンサルタントでもないのですから、「こんなコンセプトの新製品が発売されたら買ってみたいと思いますか」などという問いに意味ある回答を寄せてくれるはずもありません。

 そもそも将来の行動(もしこんな新製品があったとしたら買うかどうか)などという仮定の話に対して自分で正確に行動予測などできるはずがありません。「消費者に聞くな。消費者の期待や想像を超える物を自分で考えよう。」と言ったのは米Apple社共同創業者の故Steve Jobs氏が初めてではなく、成功している企業家なら皆そう思っているはずです。

 しかし、実際は企業トップは現場からの提案に対して自分の能力と責任では容易に判断を下せませんから、「消費者調査結果」という擬似的客観データ(消費者の主観の集合体は仮に数字で表現されていても完全な客観ではないのですが)が判断材料として重用されるのでしょう。仮に現場のビジネスが失敗に終わっても、「調査結果を踏まえて戦略的に正しく判断した」という物証を残すために。プロセス評価を重視する余裕のある大企業ではこんなことも可能でしょうが、結果が出なければ事業の存続が危うくなってしまう小さな組織ではそもそも調査費用が捻出できませんし、戦略プロセスよりも経営者のカンとセンスで意思決定せざるを得ません。逆に言うと、カリスマ的経営者の鶴の一声で舵取りすることのできない大きな集団では体系的に情報と知恵を結集して経営せざるを得ないので、やはりデータに基く「科学的」分析が欠かせない、ということなのでしょう。

 調査が現場の役に立たない第二の理由は、当たり前のことですが調査データは結果を分析している時点で既に過去のものであり、一方で調査分析の目的である戦略立案は未来へ向けた営みであるということです。過去の情報から未来を予測する方法論を持っていなければ結局「調査結果が役に立たない」という不満が繰り返されるばかりです。これは古くからの課題ですが一向に解決されません。