2012年7月21日付けの読売新聞に、滋賀県大津市で起きた中学2年の男子生徒のいじめ自殺問題に関する、PHP総研主席研究員の亀田徹氏のインタビューが掲載されていました。その中で次の部分がなぜか心に引っ掛かりました。「学校は、『学力だ』『体力だ』など、あれもこれもやれと言われて優先順位を付けられないでいる。しかし、『子供が安心し楽しく学べる場』ということは最優先だ。学校とは『子供たちが集団のなかで問題解決力を身につける場』だからだ」。

 なぜ引っ掛かったのかはしばらく分かりませんでしたが、ある日ふっと気付きました。これはコンセプトの問題なのかもしれない、と。私は、編集者として担当した『ホンダ イノベーションの神髄』(日経BP社、価格は税込みで1890円)の作業を終えたばかりでした。著者の小林三郎氏(日本初のエアバッグを開発したホンダの元技術者)は、同書の中で「コンセプトが先で、商品や技術は後から付いてくる」と何度も強調されています(Tech-On!関連記事)。技術は、コンセプトを実現するための手段(にすぎない)という位置付けです。

 そして、「新車開発でもコンセプトは最も重要だが、未踏の領域に踏み込むイノベーションではそれにも増して重要となる。コンセプトがしっかり固まっていないと、すべきことを取捨選択する基準があいまいになり、優先順位も決められない。その結果、すべきことが広大な技術領域にわたって際限なく増えていき、開発リソースが分散してしまう。これが、冒頭で指摘したまぐれ頼みの状態だ。ところが実際の技術開発では、まぐれ当たりは決して起こらない」(同書)と指摘しています。

この考え方を冒頭の亀田氏の指摘に重ねると、学校は、あれやこれやとやることが多すぎて優先順位も付けられず、「子供が安心し楽しく学べる場」という基本コンセプトが揺らいでいる状況なのではないでしょうか。ならば、問題を解決するためには、基本コンセプトに立ち返ることが出発点になるかもしれません。

 もう25年以上前のことですが、小林氏がエアバッグを開発していた時に最大のハードルとなったのは、不発・暴発の問題でした。「もし事故の際に不発で作動しなければ、エアバッグ自体の存在意味がない。逆に、運転中に誤作動によってエアバッグが膨らんだら、深刻な事故を起こす恐れが極めて高くなる。いずれの場合も、会社の存在を揺るがすほどの問題」(同書)になってしまう。そのため、当時のホンダの経営陣のほとんどが、実用化に反対でした。

 この時、小林氏が打ち立てたコンセプトは、「技術の故障なら技術で解決できる」というものでした。論理的に考えたなら技術の故障は技術で解決できる場合もあるし、完全には解決できない場合もあります。しかし小林氏は「エアバッグは決して神の摂理に反しているわけではない。不可能でないなら、我々開発チームが絶対に物にしてみせる」(同書)と強く信じたのです。このコンセプトは、担当役員から、「キミは時々訳が分からんことを言うね」とあきれられたそうです。

 しかし、エアバッグの開発で発生したさまざまな問題は、「技術の故障なら技術で解決できる」というコンセプトに立ち返り、全てを技術の問題に還元し、それを徹底的につぶすことよって解決できました。まさにコンセプトが羅針盤の役割を果たしたのです。