ロンドンオリンピックでは、日本が予想ほどの成績を収められなかった種目もありましたが、逆に、レスリングの吉田沙保里選手や体操の内村航平選手のように見事、期待通りの金メダルを獲得した選手もいました。その差を「それが実力」という一言で片づけてしまっては、前向きな議論にはなりません。どうすれば、その人が自分の能力をより高く発揮できるかを考えることは、企業における人材活用でも非常に重要なテーマではないでしょうか。

 このテーマでは、「プレッシャー」と「モチベーション」という2つのキーワードがあると私は思っています。高いモチベーションで試合(仕事)に挑むと同時に、発揮される能力(アウトプット)がプレッシャーに左右されないことが必要になるからです。モチベーションの高さは、日々の練習(仕事)に励んで自分の能力を高める際にも必要になります。スポーツ(特にトップレベル)ではプレッシャーへの対策の方が重要になり、企業ではモチベーションを高めることの方がより大切になるかもしれません。

 製造業における例として、ここでは工場の生産現場で働く作業者のことを考えてみたいと思います。特に重要となるのがモチベーション(やる気)。実は、本誌「日経ものづくり」で2012年4月号から9月号まで「デジタルセル生産のススメ」という連載コラムを掲載していますが、その副題が「現場のやる気を高める」でした。

 このコラムの筆者である関伸一氏(関ものづくり研究所代表)は、ローランド.ディー.ジー.に在職中の2000年、IT(デジタル技術)を取り入れて効率化した1人完結セル生産である「デジタル屋台生産」(デジタルセル生産)を生み出した方です。私も何度か取材させていただいたのですが、当時は、セル生産においてどうITを活用し、生産性を高めているのかといったことに目がいきがちでした。

 今回、連載コラムを執筆して頂き、その原稿を読み進めるうちに、当時の私の理解が不十分だったことを思い知りました。詳細は誌面を読んで頂きたいのですが、「集中力や注意力、記憶力といった人の弱みを補いつつ、手先の器用さや向上心、好奇心といった強みを生かして伸ばすことが重要。そのためにITを活用する」というデジタルセル生産の神髄や、「作業スピードは作業者に任せた上で、工場全体を管理し、生産計画を立てる」といったやり方が、作業者に従来以上の達成感をもたらし、高いモチベーションを維持して仕事に誇りを持ち続けることを可能にします。そして、その根底には作業者のやる気を高めて「明るく楽しい現場」を実現するという関氏の思いがあったのです。

 個人の持つ能力をいかに引き出すか――。賃金というニンジンをぶら下げることも必要かもしれませんが、絶対的な方法ではありません。ロボットと違って、人が発揮する能力は時と場合によって大きく変化するということに気がつけば、単に人件費(平均賃金)が安いという理由だけで海外に工場を移すことはなくなるはずです。