一方、センサーの設置は不可欠ではないが、センサーを使用しないとなると、パソコンやタブレット端末、あるいはスマートフォンなどを使って人手でデータを入力しなければならない。多種多様なデータを大量に取得することは難しくなる。

データの多重活用や「見なしデータ」でコスト低減

 センサーを設置したいがコストはそれほど出せない――。このトレードオフを解決するための手法の一つが「見なしデータ」の活用である。見なしデータとは、ほしいデータそのものではないが、換算によって近似値が得られるデータのことである。

 例えば、エアコンの制御のために部屋の中にいる大まかな人数を知りたいとする。部屋への人の出入りを直接に計ろうとすれば、ドアにセンサーを置いて入退室者数を数えたり、あるいは座席にセンサーを付けて着席者数を把握するといったことが考えられるが、仕掛けが複雑だったり多数のセンサーが必要だったりする。

 これに対し、省エネと快適さを両立する制御方法を研究する慶応義塾大学理工学部の西宏章准教授は、「CO2濃度を測れば、室内の人数をほぼ把握できる」という。この方法なら、部屋にCO2測定センサーを1つ設置すれば済む。設置コストも設置後の保守コストも抑えられる。農業クラウドの中で説明した土壌の電気伝導度についても、肥料の量が適切かどうかを間接的に測定している見なしデータを取得している例といえる。

 ほかにもセンサーのコストの軽減策はある。取得したデータを多重活用することだ。1つのセンサーで取得したデータを、複数のアプリケーションで利用できれば、センサーのコストはアプリケーションの数だけ下がったと考えられるからだ。

図2●睡眠計の例。写真はオムロンヘルスケア製の「HSL-101」
図2●睡眠計の例。写真はオムロンヘルスケア製の「HSL-101」
(出所:オムロンヘルスケア)

 介護業務の改善に向けたIT活用を研究する法政大学デザイン工学部の小林尚登教授は、各種のセンサーを使って、要介護者の健康状態や介護施設内での歩行状態などの継続的な把握に取り組んでいる。その中で、睡眠計を使って要介護者の睡眠時のデータなども取得する(図2)。小林教授は、「ここで得られるデータを介護士の視点で見れば、夜間に介護が必要な人を早期に把握・対応するためのアラームということになる」と指摘する。

 睡眠時のデータがなければ、介護士は一晩中起きて待機している必要がある。一方、データが常に取得できていれば、数値に異常があったらすぐに警報を出し、介護士に知らせることができる。「待機は必要だが、介護士も仮眠をとれる。高齢化が進む中、体力のある若者ばかりが介護してくれるとは限らない。介護士の労力の低減も大事な課題だ。健康関連のデータ活用だけでなく、介護業務の一部自動化を図るためのデータ活用といった視点が不可欠」(小林教授)なわけだ。

 ビッグデータの分野では今、集まった大量のデータを分析したり、新たなパターン(価値)を見いだしたりできる人材が足りないことから、そうした能力育成の重要性が強調されている。しかしそれと並行して、データそのものを収集するために、どんなセンサーをどう利用すればよいかを企画立案・設計できる人材も欠かせない。

この記事は日本経済新聞電子版日経BPクリーンテック研究所のコラム「クリーンテック最前線」から転載したものです。