買っているのは哲学や価値観

 「MUJI」(無印良品)はグローバル市場で評価の高いブランドです。ここ中国にも同社の海外店舗163のうち71が集中しています。2012年に入ってからも2月に昆明、4月には石家庄、常州、上海、6月に天津、成都と速いペースで出店が続いています。

 皆様もよくご存じの通り、MUJIの商品はアパレルから家具、文房具に至るまで機能やデザイン面の無駄をそぎ落として、味も素っ気もないくらいシンプルに作られています。かといって、いわゆる安物ではないのでそれなりの値段が付いています。主たるお客様は「自分が使う物に過剰な機能やデザインを求めない、シンプルでエコな生活を良しとする人」でしょう。その背景には、かつて経験した過剰な機能や無駄な虚栄心にあふれた消費生活があり、それを克服した後に徐々に物の豊かさから心の豊かさへと転換してきた消費者の価値観が存在します。だとすると、GDPの伸びが落ちたとはいってもまだ8%台で急成長を続ける中国経済のもと、今まさに豊かな消費生活を謳歌している中国の都市部の人々には、MUJIの考え方が受け入れられるとは到底思えません。

 しかし現実にMUJIのお客様は着実に増加し店舗も中国全土へと広がっています。何故でしょうか。高成長下の経済発展を享受する中国の消費者の中にも、「無駄を省いた環境や社会に優しい商品を使って心穏やかにシンプルな生活をおくりたい」と考える消費者が少なからず存在し、彼らがMUJIのお店に足を運んでいるとしか思えないのです。国境を越えて、MUJIの顧客が買っているのは商品の背後にある哲学や価値観なのではないでしょうか。

顧客と共振するコミュニケーション

 2004年から2005年に掛けて、米国でNike社とUnilever社の「Dove」ブランドが似たようなコンセプトの広告キャンペーンを開始しました。Doveのキャンペーンは「Real Beauty」、ナイキは「Real Women」と題し、共に俳優やモデルでない普通の女性を起用して、これまた普通の女性であるターゲット消費者に語りかけるスタイルの広告を展開したのです。背景にあるのは、商品を片手に登場するプロのモデルやプロスポーツ選手たちが大きな報酬を受け取って発信する企業発のコマーシャルメッセージが消費者に受容されなくなってきたことがあります。あまりに商業的で真実味のないメッセージはかえって消費者の反感を買う時代に入ってきたのです。

 特に成功したのはDoveの「Real Beauty」キャンペーンです。初期の広告には様々なバージョンがありますが、例えば一般人の高齢女性の笑顔の横に「Wrinkled? Wonderful?」と消費者に問いかけるコピーが添えられています。白髪の女性には「Grey? Gorgeous?」、ソバカスの多い女性には「Flawed? Flawless?」といった具合です。モデルでも女優でもない一般の女性達ですから、「美」のステレオタイプな定義をあてはめれば「美しくない」ということになるかも知れません。しかし、彼女達の生き生きした表情は、モデル達の作られた表情をはるかにしのぐ迫力と説得力を持っています。見る人たちに「果たして本当に美しいとはどういうことか」の再考を迫ってきます。

 女性美の促進に貢献したいDoveというブランドが発信するこのようなメッセージは、当初はあくまで商品を売るためのコマーシャルメッセージでした。ところが、この一連の広告が大きな反響を呼び、「普通の人々も皆それぞれの美しさを持っているじゃないか」という賛同の輪が広がるにつれ、これは単なる広告からソーシャルキャンペーンへと昇華されるに至ります。2006年、ユニリーバは伝統的な美の定義の呪縛に苛まれがちな世の女性たちに向けて、自分に自信を持って自分にしかない美しさを肯定的にとらえていこうと提唱する「Self-esteem」(自尊心)キャンペーンを開始しました。インターネットのサイト上で美の再発見と人々の自尊心を大切に育むための意見交換の場を作り、また基金を作って特に子供たちに向けて「自分に自信を持とう」というメッセージを発していきます。

 Nike社のキャンペーンは短命に終わりましたが、Doveのキャンペーンは社会的運動論としていまだに続いています。「美しさ」を表面的にとらえる態度を改めて、すべての女性が持つ各自の美しさを発見していこうというメッセージは、Doveブランドの核心的価値観として定着しました。それはもちろん、消費者の好感を獲得することで商品の売上げに結びついたわけですが、そんな小さなことは超越してDoveブランドと消費者の価値観が共振し、その結果としてDoveが世の中に存在した方が良い大きな理由ができたことがユニリーバにとっての最大の報酬です。

 日本にも古くから「モーレツからビューティフルへ」「ディスカバー・ジャパン」など、広告の枠をはるかに突き抜けて時代の流れと共鳴した骨太でスケールの大きなキャンペーンの事例がいくつもあります。直近の例で言えば、トヨタの車種ブランド「アクア」が展開した「Aqua Social Fes !!」というキャンペーンが秀逸です。アクアという一つの商品を売るためのコミュニケーションは、従来であればいわゆる広告・宣伝の手法で展開されたでしょう。しかしこのキャンペーンは商業的メッセージを最小限に抑える一方、ブランドとターゲット消費者がコミュニティへの貢献のために共に行動する参加型のプログラムから成るものです。「こんなことで商品が売れるのか」という疑問には、アクア市場導入後の販売台数が最良の回答となるでしょう。もちろん商品自体が十分魅力的で競争力のあるものであるから成り立つキャンペーンですが、商品ベネフィットの伝達よりも商品の持つ社会性を消費者参加型イベントを通して人々と共有していくという新しいコミュニケーションの方法論に注目していただきたいと思います。