ただし、山東省で普及しつつある小型EVは、実は正規の規格として認められていない「低速EV(山寨汽車)」と呼ばれるものである(図4)。航続距離は約100kmで、最高速度は時速50km程度。運転免許や税金も不要だが、大都市での運転は禁止されているという。

図4●中国・山東省Haoyu Vehicle社の低速EV(撮影:テクノアソシエーツ)
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 中国政府は低速EVも正式な車両規格として策定することを検討中だが、関係者の利害が対立するなどの背景もあって明確な方針は決まっていない。そんな中、商機と見た起業家や異業種企業が低速EVの製造にいち早く乗り出す例が珍しくない。特に山東省は、省政府自身が低速EVの産業振興に積極的で補助金などの支援策もあるため、他の地域をリードする形で産業化が進んでいる。低速EVのメーカーは現在少なくとも20社以上あると見られる。

 低速EVの最大の特徴は、その価格だ。安いもので1万元台、つまり日本円にして10数万円で入手可能である。この価格帯であれば、大手メーカーの自動車が「高根の花」と諦めている多くの庶民でも手が届く。これほどの低価格が可能な理由は、駆動用バッテリーとしてまだ高価なリチウムイオン電池ではなく鉛蓄電池を主に採用していること、モーターやインバーターなどの主要部品の標準化や流通が進んで低コスト化が実現していること、それらの市販の部品を買ってくれば誰でも低速EVの製作と市場参入が可能なことなどだ。

 低速EVは、山東省以外にも安徽省や江蘇省でも普及が進みつつある。やや無秩序ではあるが、中国では低速EVの生産が年間10万台規模にまで成長し、一大産業となっている。

成功のカギはコストと実用性

 翻って日本の超小型モビリティを考えてみると、ユーザーのニーズよりも供給者側の視点や許認可をつかさどる国交省の思惑が先行しているようにも見える。実際、同省のガイドラインを読んだ業界関係者やユーザからは、曖昧な超小型モビリティの規格に批判的な声も聞かれる。

 例えば「1人乗りと2人乗りでは全く異なる」「交通事故を考慮した法規制の整備が不十分」といった指摘である。価格や維持費も国交省は「手ごろ」としか記述していない。アイドリングストップ付きの低燃費な軽自動車が80万円で入手可能なことを考えると、超小型モビリティは動力が何であれ50万円を超えると売れないという見方が多い。

 山東省で低速EVを製造するメーカーの1社である中融電動汽車公司の社長 Xu Shoukang氏は、欧米メディアの取材に対して「低速EVで重要なのは『コストと実用性』だ」と述べている。低速EVの需要は旺盛だが、中央政府による方針や政策が決定するまで、大規模な設備投資を控えるなど同社は堅実な経営に徹している。日本でも利用者のニーズに合ったコストや実用性を実現することが、超小型モビリティが本格的に普及するために必要な条件であることは間違いないだろう。

この記事は日本経済新聞電子版日経BPクリーンテック研究所のコラム「クリーンテック最前線」から転載したものです。