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HOMEスキルアップマネジメント華麗なる技術者 > レールを外れても平気になりました

華麗なる技術者

レールを外れても平気になりました

回り道の先に未来を見つけた、高橋智隆氏(上)

  • 加藤 幹之=Intellectual Ventures 上級副社長兼日本総代表
  • 2012/08/06 07:00
  • 1/4ページ

 「一家に1台。いずれは、世界の人々が個人で1台ずつ『ロボット』を持つようになる」

 今回紹介する「華麗なる技術者」は、そういう時代が、それほど遠くない将来にやってくると信じて、ロボットを作り続ける人物だ。ロボ・ガレージ 社長でロボットクリエーターの高橋智隆氏である。

高橋 智隆氏。ロボ・ガレージ 社長。
[画像のクリックで拡大表示]

 親しみやすく可愛らしさを持ち、器用に走り、時には高くジャンプする高橋氏のロボットは、多くの注目を集めている。

 例えば、パナソニックの乾電池やNi水素2次電池のブランドと同名のロボット「EVOLTA」。同社のキャンペーンで米国のグランドキャニオンの登頂や、ハワイでのトライアスロン完走に挑戦する小さな人間型ロボットの姿を目にした読者諸氏は多いだろう。この他にも開発したロボットや高橋氏本人が、テレビなど大手メディアで広く紹介されている。米TIME誌による2004年の「最もクールな発明」に選ばれるなど、海外でも注目度は高い。

 たった1人で会社を切り盛りしながら、ロボットの開発を進める高橋氏の素顔に触れてみたいと日頃から思っていた。それが叶ったのは、今年の春先のことだ。

一念発起、大学に入り直す

 週末の午後、東京・駒場にある東京大学 先端科学研究センター(先端研)の研究室を訪れた。高橋氏は、ロボ・ガレージの社長であると同時に、先端研で特任准教授を務めている。研究室というと実験器具や論文などが雑然と置かれた堅いイメージを想像してしまうが、同氏の研究室の応接エリアは、まるで欧米企業の応接展示スペースのようだ。ゆったりとした応接スペースに何台かのロボットがさりげなく展示されている。「センスがいいな」と素晴らしく思うと同時に、“お堅い”印象の東大がよく許しているなと感心もした。

 高橋氏は1975年大阪生まれ。医師である父親の研究のため、小学校低学年のころカナダのトロントで2年間過ごした。立命館高等学校から立命館大学 産業社会学部に進学。大学3年生を終わった後、1年間オーストラリアやニューヨーク、ロサンゼルスで過ごした。高校生の頃に始めたスキーが趣味で、コブ斜面を滑り降り、エア演技などを競うフリースタイル競技の「モーグル」を極めるために、学生時代にはほとんどスキー場に住んでいたという時期もあったようだ。

 高橋氏の経歴を聞いて興味深く感じるのは、大学生活をほぼ10年間過ごしたことである。順調に行けば、就職するはずだったであろう予定を軌道修正し、立命館大学を卒業後に京都大学 工学部に再入学した。この回り道に興味を持った。これこそが、実は今の日本に大切なことなのではないかと、最近考えるようになっていたからだ。

 高橋氏の場合、大学院のような学究の途を目指す進学ではなく、転学や転部でもない。一旦は文科系の学部を卒業してからの工学部への転身で、だいぶ年下の高校生たちに混じって再び大学を受験した。立命館大学での最初の学生生活は、ある意味では自分のやりたい道を探し求め、それを確かめるために必要な準備期間だったのだろう。

 高橋氏によると、立命館に在学していた時は「ゼミにも所属せず、あまり何もしなかった」らしい。その間は海外留学などに出かけたものの、彼自身、自分の目標を定めきれなかったということだったのではないかと推察する。

 工学部に入り直した理由は、子供の頃から機械いじりが好きだったことが大きかったという。鉄腕アトムを見て、その中に登場するロボットのメカニカルな中身や、設計図を眺めてはワクワクしていた。プラモデルやラジコンを作ることに没頭する子供だった。

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