本コラムで毎回のように取り上げている電子機器受託生産(EMS)世界最大手の台湾Foxconn(フォックスコン=鴻海=ホンハイ)社。この会社をウオッチしていて面白いと思うのは、台湾や中国のメディアがごくまれに同社の幹部連について報じる際、キャッチフレーズや異名を付けて伝えるケースが多いことだ。

 テレビ、雑誌、インターネットとメディアが普及するにつれ、政財界やスポーツ、芸能界の有名人にあだ名や異名を付けて呼ぶことが減ったと言われる。個性的なキャラクターが減ったということもあるのだろうが、膨大な情報や画像、映像がテレビやネットを通じて瞬時に世界中に広まってしまうのが現代。このため、下手にキャッチフレーズやあだ名を付けても、「実像とまるっきり違うじゃないか」ということになりかねないためだろう。

 その点、フォックスコンは、生産するのが他社の製品だというEMSの性質上、メディアの取材を受け内部を公開するということを全くと言っていいほどしてこなかったという。同社の幹部連の露出も極端に少なく、横顔を知られた人物もほとんどいない。よって台湾メディアは、例えばフォックスコンで12の事業群(事業部)のトップ人事があったことを伝える際、「鴻海的12猛将」などというキャッチフレーズを付け、猛々(たけだけ)しい武将たちがフォックスコンの部署を率いているかのようなイメージを「勝手に」喚起することをよくやる。

 7月初旬にも、「台湾の携帯電話四天王」というキャッチフレーズを持つフォックスコン幹部の一人が、メディアを賑(にぎ)わせた。

 当社のウェブサイト閲覧には会員登録が必要2週間無料で読める試用会員も用意)でも、「フォックスコン郭氏の後継に浮上? 『携帯電話の四天王』が子会社トップ就任へ」として伝えたのだが、フォックスコンの郭台銘董事長が2012年7月4日、同社の香港上場子会社で携帯電話の受託生産を手掛けるFoxconn International(富士康国際=FIH)の程天縱最高経営責任者(CEO)が辞任することを明らかにした。郭氏は、「程氏は長年、私に付き添ってきてくれたが、体の不調で、休む必要がある。彼から出された辞表を私はもう受理した」と述べた。

 その上で今年62歳の郭氏は、60歳の程氏の後任ついて、「後進に道を譲って経験を積ませる必要がある。FIH執行役員の池育陽が、次のかじ取り役だ」とコメント。この池育陽氏こそ、台湾メディアが「台湾携帯電話四天王の一人」と呼ぶ人物だ。

 今回辞任した程天縦氏は、11年11月末に辞任した陳偉良前CEOの後任として、FIHのCEOに就任していた。台湾メディアの報道をまとめると、1952年台北に生まれた程氏は台湾交通大学電子工程学部、米Santa Clara大学院を経て1979年、米Hewlett-Packard(HP)社の台湾法人に入社。中国HP総裁を経て97年からは米Texas Instrument(TI)社に移り、アジア太平洋地区総裁に就任。フォックスコンには2007年に副総裁として入社している。

 本コラムでも「ノキアのスマホは来たけれど」の回で取り上げたが、FIHの陳前CEOは、2000年代前半の携帯電話市場で隆盛を誇っていたフィンランドNokia社の受注をフォックスコングループにもたらした男として、エレクトロニクス業界はもとより香港市場でも一躍名をはせた人物だ。辞任の理由についてFIHは2011年11月の公示で、「さらに多くの時間を家族と過ごすための個人的理由」だと表明した。しかし、市場や業界では、従来型携帯電話(フィーチャーフォン)からスマートフォンへの移行で成果を上げることができず、2010年度に2億米ドル余りの赤字を計上したことの責任を取ったとの見方が強い。ちなみに、フォックスコンが生産を手がける製品の代表格である米Apple社の「iPhone」は、FIHではなく、フォックスコンの別の事業群が担当している。