「撮影対象から何らかの意味を読み取れる“賢いカメラ”が、ありとあらゆる場所に置かれるようになったら、社会がどのように変わるとお考えですか」――。

 今、いわゆる「コンピュータ・ビジョン」技術の最新動向を取材して回っています。コンピュータ・ビジョンは1960年代から続く歴史の長い研究分野であり、既に画像検査や文字認識、監視カメラ、デジタル・カメラの撮影補助といった多様な用途に使われています。最近では、ジェスチャー認識やAR(augmented reality)なども注目されています。今回筆者があらためて取材しているのは、あらゆる機器がコンピュータ・ビジョンの能力を持つ時代が近づいてきたと考えたからです。

 機器組み込み用のカメラ・モジュールが安価になった上、半導体メーカーは高度な画像認識処理を低電力で実行できるハードウエアの準備を進めています。動画や静止画を記録することを目的としないさまざまな機器――例えば、照明器具や冷蔵庫、エアコンなど――が、実世界をセンシングするためにカメラと画像認識機能を備える日は近いのではないか。そうした想像が膨らみ、冒頭のような質問を取材先に投げかけているところです。

 「家庭内の複数の機器が画像認識機能を持ち、それらが連携すれば、人が次に何をしたいのかが見えてくる可能性がある。コンシェルジュ・サービスの水準が上がるのでは」「指向性を持つマイクやアンテナなどと画像認識機能を連動させれば、人の挙動や居場所に応じて最適な方向に設定できるだろう」――。これまでの取材だけでも、いろいろな意見をお聞きできました。実際に数多くの機器がコンピュータ・ビジョンの能力を持つようになれば、さらに多くのアイデアが登場するのでしょう。

 気になることもあります。撮られること、監視されることへの抵抗感です。極端な話ではありますが、いくら自宅といえども、カメラ機能を持った機器を浴室に置きたいと思う人は少ないでしょう。もし「人が映像として見られる情報は出力しない」と保証されていたとしても、私は現時点では抵抗感があります。

 「意外に慣れてしまうかもしれませんよ」。ある取材先の方はこう仰っていました。確かに、街や建物に設置された多数の監視カメラが、いつの間にかまったく気にならなくなりました。ユーザーのプライバシーを侵害しないことを約束し、不安を上回る便利さや楽しさを提供し続けていれば、あとはユーザーの慣れが解決してくれるのかもしれません。