何やら、部長の周りがざわついています。

 「部長、そりゃあないでしょう! せっかくここまでやってきているんですから、もう少し、やらせてくださいよォ!」。

 開発部の担当者が、部長に懇願している、そんな感じですヨ。

 「だからァ、この開発は中止、終わり、そういうこと。オシマイ!」。

 部長、一歩も引かず、宣言しちまいました。

 しばらくして、「ナァ次郎さん、開発はダメなものはダメ、分かってくれるだろう? さっきの話、実はそういうことサ。そりゃあ、担当者が頑張っているのは分かる。けどよ、開発を始めた時と今では状況が変わってしまったのだから、それはそれ。いくら頑張っても、一度決まった法律をひっくり返すなんざァ、無理てェもんじゃねえか。だから、もうおしまい。そう言っただけのことよ」。

 そうか、それで納得ですヨ。実は、進めていた開発は、今の国会で審議されている法律に大きく依存していて、内容はエネルギー関連なんですが、こちらの読みと成立した法律が、全く逆の結果になったということです。

 「仕方がない、それだけのこと。俺たちが考えていたのと違う方向に行っちまったんだから、何をどうしようと、ダメはダメ。だから、今後はそういうことのないように、もっと言えば、法律なんぞに依存しなくも売れるような開発をしなけりゃあいけねえ、そういうことじゃねえか。言ってみれば、いい勉強をした、そう思えば逆にありがたいってことサ」。

 確かに部長の言う通り。今度の開発は、こちらの思惑通りに法改正があればうまくいく、そう願っていただけのこと。それがなかったのですから、それはアッサリとやめなければいけません。

 よくよく考えれば、他のメーカーも同じようなことを考えていたのかもしれません。結果、うまくいったら、他のメーカーもうまくいくことになり、皆、同じことを始めるだけのこと。それじゃあこちらが有利になったとは言えませんヤネ。

 「次郎さん、だろう? いつも言うけど、ダメと分かったら、とにかくやめる。それが開発の鉄則だと思うんだ。確かに、担当者としては、法律が想定外になったとしても、可能性としてはゼロではない。そんな望みもあるだろうが、それもこれも、結局のところ、他力本願じゃあねェか。開発は、自分の意思で、正しい方向を目指すのが本質なのに、一番肝心なそこのところを他人に委ねるなんざァ、どう考えてもダメなのよ。本当の失敗てェのは、ダメと分かっても続けること、ナァ次郎さん、俺たちはいつもそう決めているじゃあねェか」。

 本質というのは、まさにこのことですヨ。ダメなことを分かりながら続けること、それが本当の失敗です。ダメならやめる。そうすることで次にやる開発は、同じダメな原因を排除するので、結果、いい方向にいく。開発とは、その繰り返しかもしれません。

 聴いていたお局も、「ふ~ん、部長、いい話、この話はいい話よ。その通りよね。ダメなことはすぐにやめて、次のことを考える。そうすることによって、同じダメの原因は避けるのだから、少なくとも前回よりは良い方向にいく。つまり、ダメを重ねる分だけ、良い方向にいく、そういうことじゃない。だったら、ダメが多い者勝ちってことよね」。

 「ははは、お局、そう簡単に掛け算しちゃあいけねえよ。いくら何でも、ダメを重ねた分だけ良い方向にいく、それは間違いないが、全部が全部、そういうことにはならないぜェ。やはり、そこは経験てェものが利いてくるのよ。俺たちは、そこの経験があるから、何とかなってるってもんよ」。

 そうですヨ。アタシ達の経験、少し説明しますと、それは停止線の引き方かもしれません。解説しましょう。

 ダメと分かった開発、何が何でもすぐにやめればいいのでもありません。実は、停止線をどのタイミングで引くか、ここが問題なのですヨ。

 皆が関わる開発で、簡単にハイ終わり、そう言ってしまっては身も蓋もありませんヤネ。じゃあ、どうやって停止線を決めるのか、それは、スピードを見れば分かるのですヨ。

 例えて言うなら、自動車と同じですワナ。どこかで停止しなればいけない時、自動車はスピードを落とすじゃありませんか。それと同じで、開発を停止するのは、その開発のスピードが落ちている時に停めるのですヨ。当たり前ですが、開発のスピードが速い時は、実は開発そのものがうまくいっている時でして、皆が同じ方向を見て、全員のチカラが結集している、だから開発のスピードは上がって、開発はうまくいくのです。

 しかし、開発の行く手に不安や陰りが見えた途端、皆の気持ちもバラバラになり、スピードも落ちていくのです。ですから、停止線とは、開発のスピードが落ちれば、自ずと、どのあたりで引けるかも見えてくる、そんなものですヨ。

 「へ~え、そういうことなんだ。開発を終わらせるかどうかは、スピード感を見ていれば分かるなんて、それって、凄いことじゃない。ある意味で、ビジネスモデルじゃない!」。

 お局、相当感じ入ったようですナ。

 「おうよ、その通り。開発てェのは、勢いが大事ってことよ。うまくいく時はサッサといくが、ダメな時はバタバタと遅くなる、そういうものサ。だから、そのスピードを見ていれば、ああ、このあたりが潮時か、それが見えるのよ」。

 思いがけずに、今夜は停止線の話になりました。ところを変えて、いつもの赤ちょうちん…。

 「いいかい、停止線を引くタイミング、それが大事てェのは分かっただろうが、肝心なのはその後にある、これも大事だぜェ」。おもむろに部長が口を開きます。

 「停止線を引いて、開発は一旦おしまい。それはいいのだが、実はその次に、その停止線をどう考えるか、その方が大事なのサ。俺たちがいつも考えているのは、このことで、次郎さんも俺も、この停止線のことをスタートラインと考えるのよ。停止線で止まった開発、実は、そこで多くの問題や課題が見えたのだから、そのことを忘れずに、なるべく、イヤ、なるべくじゃなくて、すぐに次の開発を立ち上げなくちゃいけないんだ。これが遅れれば遅れるほど、次の開発の成功率は低くなる。俺たちはそう考えているんだぜェ」。

 今夜の部長、いいこと言いますナァ。その通りです。喉元過ぎればナントカ…、ということわざのように、シトはすぐに、具合の悪いことァ忘れてしまうものですヨ。だから、すぐに次の開発をスタートさせると、それを明確に覚えているのですから、繰り返さない。これが、鉄則なんですナ。ですから、停止線はスタートライン、なのですヨ。

 「そうですか、停止線はスタートライン。いい言葉ですね。そう言えば、今のこの国の問題点は、第一に停止線を決めないこと。その次にスタートしないこと。これだけかもしれませんね。色々な事件や事故があるけれど、何か、グズグズしていて何も決まらないじゃありませんか。揚げ句、じゃあどうしようと言うと、あれもダメこれもダメ、前提条件がどうのこうのと、何も決まらないからスタートできない。外国人の私が失礼なこと言うかもしれませんが、はたから見ていると、そんな感じですね。あえて申し上げますと、皆がダメだと思っているどこかの党のマニフェスト、もういいじゃありませんか。なのに、そう言って政権交代を果たしたのだから、何がなんでも守らなきゃいけないなんて、よほど、国民の方が冷静にしかも合理的に、もうダメと考えているのではないですか。選挙に勝ちたいために、なりゆきで約束したことよりも、この国の将来をどうするか、それが大事じゃあないのですねえ」。

 う~む、欧陽春くんに言われると、何も言えません。確かに、今のこの国の一番の弱点は、そのことではないでしょうかねェ。ダメならダメですぐやめて、じゃあどうするか、スパッと決めて、すぐに再スタートする。それができないから、全てがグズグズ、ダラダラとなってしまっているのが現状です。

 「そうか、ダメならダメ、それを言えばいいのですね。実はボク、最近、とてもすごい失敗をしてしまったのです。今まで、それを言えずにいたのですが、今日は少し勇気が出てきました。実は…」。

 言いかけたアスパラの口を塞ぐように、お局が、「待った、今夜は言わないで! どうせ、アンタの失敗はどうでもいいような失敗か、誰も想像できない一大事か、どっちかに決まっている! だから、今夜は黙っていて。せっかくのお酒がまずくなっちゃう!」。

 ははは、お局の言う事も分かりますよ。アスパラの失敗談をいまさら聞いたところで、赤ちょうちんにいては何もできませんし、仕方ありませんワナ。
 アタシだって、多分、つまらないことだと思うのです…。

 部長も、「いいかアスパラ、停止線のことを理解してくれたのはありがたいが、第一、君の停止線のことが問題だ。さっきも言ったように、停止線というのは、開発を進める中で、そのスピードが落ちた時、それを見極めて、引くかどうするか、それが問題なんだよ。しかし、君の場合は、引こうとしても、君自体がずっと動いていないのだから、スピードが落ちたかどうかも分からない。こんなこと言いたくはないが、君はずっと停止線の上にいるのだよ」。

 これには一同、大笑い。

 言われたアスパラ、「ひぃ~、そんなこと言わないでくださいよ。ボクが停止線上にいるなんて、あんまりじゃありませんか!」。

 お局が、「大丈夫、いい、停止線というのは次のスタートライン、次郎さんも部長もそう言っているじゃない。だから、アスパラも今は停止線だけど、すぐにスタートすればいいのよォ!」。

 ははは、ちゃんとフォローしています。

 でも、ポツリと高陽春くんが「同じ停止線でも、低視線ではねェ…」。

 …さあ、皆さんおやすみなさい。