「薬を作り出す方法には大きく分けて、植物や微生物など自然界に存在する生物から薬を発見する方法と、病気の原因分子と薬の成分構成などを理論的に解明して薬を作り出す方法があります。1929年にアオカビから発見されたペニシリンは感染症を防ぐとし、第二次世界大戦中に多くの人々を救ったのは有名です。一方で柳の木の成分に抗炎症作用があることはヒポクラテスの時代から知られており、直接口から接種すると胃を荒らしてしまうことからも爪楊枝にして生活に取り入れていた、という生活の知恵も、古来から我々は応用していました」と人間の知恵も研究の重要なヒントだと言う。

 最近は、薬分子やそのターゲットとなる原因分子の構造を解析する精密分析機器系が飛躍的な発展を遂げており、それらの構造についてもデータベース化が進んでいる。それは“どの病気には何が効くのかが飛躍的に解明されて行く”仕組みをつくる、ということにつながる。病気の原因物質構造DBと薬(候補)の構造DBを順列組み合わせで見てゆけば、薬候補分子が効くドラックターゲットが特定できる。つまりどの薬分子がどの病気にきくのか、予測をたてていくことができる。

 「例えば、インフルエンザ薬として話題となったタミフルですが、もともとはシアル酸というヒト由来の分子構造がインフルエンザ原因分子に結合することに着目されたのがきっかけです。それらの結合を強めるために、分子間の結合に適合する枝葉を増やした構造を見出したことが、新薬の発見につながったのです。そしてタミフルは香辛料の八角由来成分から作られています」。

 簡潔に言えばこのように単純なのだが病気の原因物質や薬の構造など様々な情報がデータベース化される一方で、それでもぴたっとはまるカギを見つけ出すのは難しい。生命の成り立ちは複雑怪奇である。カギ穴といってもドアもあり、ドアノブもあり、蝶番もあり、部屋もあり、家もあるので、それらとの関連も考慮しながらのカギ穴を考慮しなければ応用することができない。つまり人間の体は筋肉、神経、脂肪、血管、リンパ腺、皮膚などの共鳴し合った複合体で機能している。病気になったとしてもダメージを受けている細いカギ穴(細胞)に合うカギ(薬)を見つけて開ければいいというものではない。共鳴し合った複合体である以上は、そのカギ穴を開けると関連したドアとか家の構造までも変えてしまうことにつながるからだ。

テルペノイドの働きなどについて講義を伺う
テルペノイドの働きなどについて講義を伺う

 「例えばがん細胞を死滅させる抗がん剤の投与によって髪の毛がぬけてしまう、といった副作用がそれにあたります。副作用がない(弱い)例として、「テルペノイド」を作る経路を狙う、があります。これは生き物にとってなくては生きられない物質の作り方(体内での経路)が、人と菌では異なることを利用した例です。カギ(薬)で人間のカギ穴(人間の病気)を開ける、すなわち菌の経路のみを邪魔するような分子を薬として投与することによって、体内にいる有害な菌の働きを弱めることができます」。これが抗生物質の一種であるらしい。

 「菌だけでなく植物や昆虫もバイオ解析の対象です。むしろ昆虫の方がまだまだ謎が多いのです。実験に使われてきたショウジョウバエやカイコはけっこうわかっているのですが、その他の昆虫は未曾有の可能性を持った未知の領域なんです」。