JST「A-STEP」に採択され、デジタルスピーカーの研究が前進

 研究成果を事業化する開発資金は当然不足したため、文科省管轄の科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラムの「A-STEP」に応募し、課題名「フルデジタルスピーカー信号処理用LSI」として採用され、2009年度(平成21年度)から研究開発資金を獲得した。「A-STEP」の実用化挑戦タイプの中小・ベンチャー開発枠に採択され、デジタルスピーカーの研究開発は大きく前進した。

 しかし、こうした公的な研究開発資金ではまかなえない部分も当然あるために、Trigence社は事業資金を得るために、別事業として半導体集積回路の設計支援・コンサルティング業務や半導体集積回路などの解析をするリバース・エンジニアリング業務なども「収益源として実施した」と、安田社長は説明する。創業直後で、ベンチャーキャピタルから投資を得られるまでの、事業資金が不足気味な大学発ベンチャー企業としての苦労談である。

 最近は、デジタル信号処理技術が趨勢(すうせい)となったために、デジタル・アナログ信号処理技術に精通した企業の技術者が不足がちになっている。このため、2007年度にはデジタル・アナログ信号処理技術の教育事業を実施した。企業の中堅技術者に約1年かけて、デジタル・アナログ信号処理技術などを教育することで、受講費による事業収益を確保した。

 こうした関連事業での自助努力によって、Trigence社は創業後に正社員を2人雇用し、さらに“協力社員”などの助けを借りて、デジタルスピーカーの事業化に精進した。経理業務なども担当している岡村取締役は「社員への毎月の給料の支払いに苦心した経験もある」という。

 2008年4月28日に、法政大とTrigence社は、デジタルスピーカーという独創技術の事業化を始めたことを発表するプレスリリースを発表した。独創技術を公表して、ベンチャーキャピタル(VC)などから事業資金を投資を受けるのが目的だった。この発表会を成功させるために、岡村取締役は「過去に付き合ったベンチャーキャピタルなどの金融関係者、以前に取材などに応じて知り合ったメディア・報道関係者、関連しそうな技術関係者などの名刺を机の中からかき集めて、それぞれに発表会への参加をお願いした」という。

 この発表会は、同年5月にオランダで開催されたオーディオ国際会議・展示会での技術発表を契機にしたものだった。その後、国内でデジタルスピーカーの技術展示を重ねるなどして広報活動に努めた。この結果、クラリオンに特許などの実施権のライセンスをするなどの成果を上げている。「クラリオンは専用LSIを現在開発中」という。

 安田社長と岡村取締役は、2008年4月の発表会以降、「国内・国外のベンチャーキャピタル約20社に、デジタルスピーカーの事業化がもたらす技術インパクトを説明した」という。ベンチャーキャピタルの担当者に投資をお願いするために、岡村取締役は「難解なハイテク技術について、分かりやすく説明するプレゼンテーション技術を磨き続けた」と語る。これが今回のインテルキャピタルからの投資につながったようだ。

 安田社長は「インテルキャピタルから提示されたマイルストーン(事業過程の中間目標)などが納得できる内容だったので、両者は合意に達した」と語る。ベンチャーキャピタルからの本格的な投資を受けて、Trigence社は事業化に向けた成長期に入る。開発・事業企画担当者などを拡充させ、「Dnote」の知的財産パッケージのライセンス(技術移転)や、専用LSI事業などを推進していく計画だ(図2)。

図2○フルデジタルスピーカー向け信号処理技術「Dnote」用の専用LSI
(Trigence Semiconductor提供)
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 技術系ベンチャー企業として、アーリーステージから成長期に入り、事業化の実力が求められる試練を受ける。「創業者3人の知恵に、社員の知恵を加味して、これからの難局を乗り越えていきたい」と安田社長は語る。

 最近、スマートフォン(高機能携帯電話)などで「Siri」や「しゃべってコンシェル」などの音声による入力方式が注目を集めている。その一方で、デジタルによる出力方式は従来のままである。こうした出力方式に一石を投じることができると、「Dnote」は大化けする可能性がある。日本発の独自技術の事業化のその後を注目していきたい。