日本発、世界を制覇する「インスタントヌードル」とその先の課題

 5月19~21日、中国は天津で「第8回世界ラーメンサミット(World Instant Noodles Summit)」が開催されました。世界中のインスタントヌードル関連企業が一同に会するこのイベントはWINA(世界ラーメン協会)主催で、1997年の東京大会を皮切りに世界各国で隔年で実施されます。今年は「康师傅(カンシーフ)」ブランドで世界最大のインスタントヌードル売上げを誇る中国のTingyi (CI) Holdingsがホスト企業となりお膝もとの天津・開発区で華々しく行われました。

 1日目は理事企業をはじめとする世界の会員企業の代表による総会とウェルカム・パーティー、2日目はインスタントヌードルの安全性と品質向上をテーマとしたシンポジウム、記者会見、ガラ・パーティー(ラーメンCMフェスティバルの審査結果発表や中国各地の伝統芸能パフォーマンスなど)が行われ、Tingyiの魏応州会長、日清食品ホールディングスの安藤宏基社長をはじめとする世界主要ラーメン企業のトップに加え、丹羽宇一郎在中国特命全権大使、中国国家商務部高官、そして多くのプレス関係者の出席を得ました。

 実際に参加して私が何よりも感銘を受けたのは、日本企業がイニシアティブをとって世界のインスタントヌードル業界の成長発展をリードしている点です。WINAは、インスタントヌードルの発明者である安藤百福さんが1997年に提唱して設立され、インスタントヌードルの品質と安全性向上、世界市場での消費拡大、災害時の食糧支援などの活動を行っています。一つの商品カテゴリーを日本企業がグローバル規模で主導している業界はとても珍しいと思います。その要因となったのが、1958年にインスタントヌードルを発明した安藤百福さんが、人類に有用だと信じたその製法技術を敢えて自社に留めなかったこと、そしてWINAというグローバル組織を運営して自らインスタントヌードルのグローバル化に尽力したこと。すべては彼の高い倫理観と雄大な構想力の賜物であると思います。

 また、今回この国際的イベントのプランニングと運営をお手伝いしながら、2日間にわたってインスタントヌードル業界の視座から歴史・製品・マーケティング・安全性・レシピなどを集中的に学ぶ貴重な機会を得ることができました。特に、日本発のカテゴリーを広くグローバルなビジネス視点から見て気がついたことが、いくつかありました。まず第一に、日本以外(つまりグローバル市場)でのマーケティング発想の柔軟性です。具体的には、インドネシアのPT Indofood社の「雨の日はラーメンを」という消費機会創造キャンペーンが印象に残りました。ともするとコモディティ化しイノベーションをあきらめがちなこのカテゴリーで消費を活性化するために、少々強引ではありますが「しとしと雨の降る日は家であったかいラーメンを」という同社の提案は、雨の多い東南アジアでの市場拡大への戦略的チャレンジとその実行の好例です。第二に、中国のラーメン文化の広さ・深さ・豊かさを思い知らされました。広い国土の各地に伝わる伝統レシピとそれを忠実に再現した地域密着型新製品の数々。それは小手先の技術による差別化のための差別化ではなく、麺文化の多様性に基づいた本格的なバリエーション展開であり、日本メーカーにとって大きな学習ポイントだと思いました。

 そんな中でふつふつと沸いてきた大きな疑問が、人類にとって有用で広く愛されている「インスタントヌードル」という食品カテゴリーの地位が、何故かくも低いのかという点であり、そしてこんな大事なことがメインテーマとして取り上げられていなかったことでした。同じく小麦を原料とする「パスタ」と比較してみてください。どちらも基本は同じ。小麦を原料に細長く成形し、好みの硬さに茹であげてスープ・ソースや具材をからめて調理する。機能的に大差はありません。しかしインスタントラーメンを同じように袋詰めで売られている各種パスタ製品と比較すると、情緒性・イメージが全然違います。世界中でパスタの方が尊重されている。はるかに高い値段で売れている。つまり、私たち受け手の側に「パスタ=農業製品、本物の食品、スローフード、普通~高級品」「インスタントヌードル=工業製品、インスタント食品、ファストフード、普及品」という、事実に比してあまりに大きなイメージギャップが出来上がってしまっている。しかもそれが「仕方のないこと」のように半ば諦念を持って受け入れられている。これは一体何ゆえでしょうか。

 商品の情報性やブランドストーリー、パッケージング、価格設定、流通、広告・PRなどの分野で工夫の余地は大いにあると思いますが、根本的に重要なポイントはカテゴリーのネーミングです。「インスタント」にはどうしても「本物の代替品」というイメージがつきまといます。ですからネスレでは20年も前から「インスタントコーヒー」に代わる呼称として「ソリュブル(soluble=水溶性)コーヒー」という中立な用語を提唱しその普及を図っているのです。インスタントヌードルは中国語でも「方便麺」すなわち便利な麺、と呼ばれており、その地位は決して高くありません。

 これはカテゴリー全体の問題であり、早急にイメージのアップグレードに取り組む必要があります。低価格帯の大衆的商品・サービスでもブランドイメージを上方修正することは可能です。マクドナルドは欧州で高級化路線に転じていますし、サブウェイは低カロリー健康食として高付加価値戦略で成功しています。インスタントヌードル全体のイメージ向上に成功すれば、世界のヌードル会社のビジネスに新たな展開が生まれるはずです。ここのところも日本企業が主導権を握ってやっていかないと、中国やインドネシアなどの巨大メーカーに高級化路線の先鞭をつけられかねません。

 さて、ブランド戦略の解説に戻ります。前回は、ブランド活性化手法として「製品」「広告・プロモーション」を紹介しました。今回はその続きです。