「何ィ! 最初から、アイミツだとォ? 冗談じゃあねェ、ウチでしかできないのに、どうして他の見積もりを取る必要があるのか、ええっ、一体、どういう了見してるんでぇ!」。  またまた、朝から部長がほえまくっています。

 今度の話、アタシも分かります。いくらなんでも、ウチでしかできない新商品、他に有るわけありませんヤネ。それを、最初に売り込みに行ったお客さんが、社内規定なので、他のメーカーと相見積もり(アイミツ)を取ると言ったんですヨ。アタシだって怒りますヨ。ウチしかできないのに、他のメーカーに見積もりをさせるてェこと自体、ウチの新商品の仕様を全て開示しろ、そういうことですワナ。一体、何の権利があって、そんな事を言うのでしょう。  今度の新商品はガッチリと知財も取得済み。誰が何と言おうとも、ウチにしかできないシロモノなのに、いくら社内規定でも、どうしてそんな事を平気で言えるのでしょうかねェ。

 「なあ、次郎さん、俺もビックリしたぜェ、わざわざ先に知的財産権を確保して、簡単に同業他社に真似されないようにして、価格競争から脱却しようとして、良いものをちゃんとした価格で売ろうとしているメーカーに対して、『安い方から買う』って、一体、そのお客さんの頭の中はどうなっているんだろう。安けりゃいいなら、どこぞの国の安かろう悪かろうの商品の中から選べばいいじゃねえか」。

 横で聞いていたお局も、「そうよ、そうよ。部長をはじめ、ウチが一生懸命に開発した商品を、一体、何だと思ってんのよォ! 第一、相見積もりを取るから、他社に仕様を開示しろなんて、何にもしなかったメーカーに、後出しジャンケンをさせようって、そういう事じゃない。もっと言えば、泥棒に、お宝を盗ませて、その上、逃げ道を教えてあげるのと一緒じゃないの。冗談じゃないわよ、そんなお客なら、こっちからお払い箱、部長、絶対に屈してはダメよ!」。

 「おうよ、お局、言われるまでもねえ。俺が屈する訳ァ絶対にありゃしねえ! 今度のことは、きっちりけじめを付けようと思うのサ。このままいったら、何でもかんでも安いのがイイってことになるじゃないか。ええっ、こんな相見積もりばかりさせられて、俺たちメーカーに、一体、どんな将来があるんだァ!」。

 その通りじゃありませんか。確かに買っていただけるかもしれないお客様は神様ですヨ。しかし、一生懸命開発した新商品なのに、その仕様をライバルに開示しろ、これは乱暴ですワナ。そのお客さまだって、きっとライバルと戦っているはずなのに、自分のオリジナリティーを、ただ安くしたいからとライバルにも教えさせて、その上で相見積もりを取られる立場になったら、どうするのでしょう。  買う立場を利用した、これは、一種の脅迫みたいなもんですヤネ。

 「次郎さん、脅迫なんて甘いわよ。これは強盗よ。暴力をふるって、相手を傷つけてお宝を奪う、強盗と一緒なのよ。絶対、許せない!」。

 ううむ、強盗ですか。確かにそう言ってもいいかもしれませんヨ。相手の知恵を無視し、強引に奪うこと、確かに強盗と言ってもいい所業です。  でも、何でもかんでもアイミツを取るようになってしまったのは、一体、いつの頃からでしょう。

 振り返ってみると、高度経済成長期の頃、からでしょうか…。

 「そうかもしれねえナァ、とにかく、あの時代、何を造っても売れたよナァ。次から次に注文が来て、これまた、次から次にメーカーが現れて、同じようなものを同じような値段で、それこそ、雨後のタケノコのように次から次に注文が来て、造っては売りつ造っては売れる時代だったよナァ。そのうち、お客さんの方で、これだけ同じようなメーカーがあるのだから、安い方が得、そう考えるようになったのサ。それも、複数のメーカーに見積もりさせて、一番安いところから買う。それでも結構イイものが買えたから、ドンドン安いメーカーを探すようになっちまったてェ事よ。しかも、それでもメーカーには発注が絶えなかったから、メーカーの方も深くは考えなかった。要するに、いくらでも客はいたからなあ。でもよ、そんないい時代が終わって、中国やら韓国のメーカーに、どうやっても太刀打ちできなくなった今の時代。俺たちが生き残るには、値段は高くても、良いことがあるから買ってくれるような商品開発しかないじゃないか。それなのに、未だ、アイミツなんて、情けねえなあ」。

 そうですよ、情けない話ですワナ、アイミツなんて。言い換えれば、商品が持つ付加価値とか、長所とか、そういう性能や機能を評価する目を、自らが放棄していることと同じじゃありませんか。  戦後、焼け野が原から蘇ったアタシたち。頑張れたのは、先進国に追いつけ追い越せ、その気概だったのですヨ。イヤ、意地だったのかもしれません。資源の無い我が国は、付加価値勝負。皆そう思っていたし、ものづくりにも意地ってもんがありましたワナァ。

 それなのに、何でもかんでも安くなけりゃあいけないなんて、この国は、一体、どうなってしまうのでしょう…。

 こんな時には赤提灯(ちょうちん)。お酒でも飲みましょうヤ。

 「だってさあ、土木建設の世界なんてヒドイらしいわよ。何でもかんでも競争入札。中身なんてどうでもよくて、とにかく一番安いところに発注する。ルールはただそれだけって言うじゃない。たまらないわよねェ。今の震災復旧も入札だから、ちゃんとやろうとしても、全然、採算が合わない。いいえ、合わないどころか真っ赤か。だから、真っ赤な赤字でも、とりあえず落札して、手抜きだろうとインチキだろうと、どうでもいいような企業しか落とさないって言うじゃない。こんなことしてたら、本当にこの国は沈没しちゃう!」。  お局が、ヤケになって一気飲みです。

 土木建設どころじゃありません。この国の将来を決める研究開発も、安かろう悪かろうじゃないですか。誰が言い出したのか知りませんが「事業仕分け」もそうじゃありませんかねェ。  確かに、財政赤字が拡大してはいますが、そもそも、その原因は社会福祉予算の急膨張。弱者に優しい国づくりと、表向きは国民に優しい政策を進めてはみたけれど、おっとどっこい、そのツケは国民に丸投げ。あっちを削りこっちに回す、そんなたらいまわしをしているだけじゃありませんか。  それを承知の政治家が、今度は国家の土台をつくるための研究開発もただただ削る。よくもまあ、一番じゃなくちゃいけないんですか、なんて言えたもんですワナ。さすがに、この一件は取り下げて、研究者も頑張って一番を取り戻しましたが、本質は、何が必要なのか、その見極めじゃありませんかねェ。結局のところ、何でもかんでも値段の足し引き算をするだけ、アイミツを取るだけのことなんですヨ。

 「でもさあ、部長、とにかく今度のアイミツは絶対に譲らないでちょうだいね。こんなことをされるんじゃあ、もうメーカーなんて成り立たない。これは、生死を賭けた天王山よ!」。  お局、すごい剣幕(けんまく)です。

 「ははは、天王山かあ。そうかもしれねえなあ。けどよ、大丈夫。お局、こんなこと、俺だって分かってるサ。絶対に譲ってはならないこと。言わば、メーカーが命を賭けた開発品。それをアイミツ取るから他にも教えろなんて、こんな理不尽な要求を飲み込んだら、もう生きてはいけないじゃないか。任せておきな、キッパリと断るぜェ!」。

 「いよ、部長、そのお言葉、待ってました! 大統領!」。いやいや、アスパラも調子者ですヨ。

 しかし、アスパラの言うように、ここはビシッと決めなくてはいけません。  繰り返して言いますが、いつのころからか始まったアイミツという習慣。これを断ち切らないと、アタシたちのものづくり、いや、この国のものづくりが途絶えてしまいますワナ。  いかがでしょう、このへんで、もうアイミツは止めましょうヤ。

 さあ、分かり合える仲間でつくるこの国の未来は、本当に良いものを、しっかりと見極め、そしてしっかりとした価格で売買できることが大前提です。そうなるように、一緒に頑張りましょう。

 乾杯!!