「ったく、どうしようもないぜェ、あいつの肝は、一体、どうなってるんだよォ!」。

 ははは、朝から部長がキレまくり。又何か、気にいらないことがあったようで…。

 「なあ、次郎さん、好意ってえのは、素直に受け取るもんじゃないか、そうだろう? こちらの好意の裏側に、何か魂胆があるみたいに疑うなんざァ、嬉しいのか嬉しくないのか、先ずはそれを言って欲しいのに、どうしてそんな事を考えてしまうのかなあ」。

 事の発端は、ほら、例のタイの大水害ですヨ。日本から進出した工場が冠水し、生産が何カ月もストップした、その話です。

 で、部長が言っているのは、その被害に遭った知り合いの会社の工場長に、よければ生産の一部を肩代わりしてやってもいいと、申し入れたそうな。

 そうしたら、何とその工場長は、「そんなことをお願いしたら、取引先から直接そちらに注文が行ってしまうではないか」と、断ってきたのですヨ。そりゃあ、部長が怒って当たり前。いくらなんでも、そんな火事場泥棒みたいなこと、する訳ァありませんヤネ。部長の言うように、一体、何でそんな事を心配するのでしょうかねェ。

 「別に、頼まれた訳じゃあねえよ。でもよォ、立場が逆になったらどうか、もしもウチの工場がその国に在って工場が止まったときはどうしようか、それを俺は考えたのサ。もしも、ウチのことを気にしてくれている会社が助けてくれたら、そりゃあ大喜び、嬉しくってたまらないじゃないか。俺はそう思うし、だから、そうしよう、そう考えただけなんだ。冗談じゃあねえ、ドサクサにまぎれて客を取ろうなんて、そりゃあ、犬畜生にも劣るぜェ!」。

 横で聞いていたお局も、「その通り、その人、おかしいわよ! 善意を悪意に取り違えるなんて最低! ねえ、どこの会社? アタシ、今からその工場に怒鳴り込みに行く!」。
 やれやれ、お局も過激です。第一、その工場はタイなんですから、ムリでしょう。

 しかしこの話、案外、その奥には今時の大きな問題点があるように思えるのです。いつの頃からでしょう、こんなバカな話を聞くことが多くなった気がします。善意や好意を素直に受け取れない、そんな話を聞くようになったのです。

 もっと言えば、意思決定をする度量が無くなってきているのじゃあないか、そんな気がするのですヨ。今度の話も、例え、そんな心配があったとしても、その時はその時、今は素直に好意を受け入れてお願いしよう。そうすれば、両社の関係も良い方向に行くに決まっているし、そうしなければいけない。よし、鈴木部長にお願いして助けてもらおう、と言うのがスジじゃあないですか。シトの気持ちの裏を疑うより、真っ正面から受け止める、その方がいい決まってるじゃありませんか。

 「そうそう、でもね、その真正面から受け止める、その気持ち自体が強くなければ、受け取れないのかもしれないわよ。つまり、度量が大きくないと、余計な心配が先に立って、本質が見えなくなるのよ。別にその人を援護する気はないけれど、その度量が無かったのよ、その人は」。

 「そうかもしれねえナァ、今だから報道もされるようになったが、例の大震災の時、いち早く駆け付けた台湾の救援部隊に対して、中国に配慮して入国させなかったという話があるそうだぜェ。この話、情けないじゃあないか。中国と台湾の関係なんて、この際、関係はないだろうに。助けに来てくれたら、素直に『ありがとう』、それでいいのに、外交的な問題になるのではないか、そんな心配が先に出るなんて、どうしようもないぜェ。俺だったら、『お願いします。後に何があっても、私の一存で決めたことにして、どうぞ宜しくお願いします』って、言えばいいじゃあねェか」。

 「部長ステキ! カッコイイ! そうよ、それが度量ってものよ。度量というのには二つ意味があって、一つは物差しのこと。つまり、ことの善し悪しをしっかりと見極めるチカラのこと。そしてもう一つの意味は、人の言動を受け入れる心のひろがりを言うのよ。だから、肝心な時にこの度量がなくては何も決められないのよ。次郎さんの言うように、最近、度量のある人、少なくなっているのが心配よねェ」。

 そうです、度量なんですヨ。今、日本が弱くなっているのは、この度量に問題があるのではないでしょうかねェ。物事を決めるのも遅いし、第一、余計な配慮ばかりしてはいませんかねェ。裁判中の政治家に配慮するばかりで、党が割れそうになっているどこぞの政治家たち。まるで、大震災の復興よりも、自身の身内をかばうのが仕事じゃありませんか。

 エネルギー問題が大事だと言いながら、何を言っているのか分からないようなレポートを提出して理解してくださいって、いっその事、国民投票でもすればいいじゃありませんか。本当に、一体、いつの頃からこの国の度量は小さくなってしまったのでしょうか。

 ええいっ、こんな話はもうやめて、いつもの赤提灯、パァッと明るく参りましょう!

 「そうか、度量ですかァ。確かに、この国の政治家も役人も、そして経営者も普通の人も、度量が小さくなっているのかもしれませんね。でも、度量というのは有るに越したことはないのですが、度量で勝負という国もありますよ。例えば、中国の政治、本当に、度量の勝負ですからね。同じ共産党の中でも派閥やグループ間の政争は凄まじいものがあり、ヘタをすれば、それこそ生死に関わるのです。最近でもそんな事件がありましたが、地方での英雄が一夜にして罪人にされる、そんな政治権力の奪い合いは、度量が据わっていなかったら出来ないのです。変な言い方ですが、日本の政治を見ていると、ミミッチイと言った方がいいくらい、可愛いものです。もっと言えば、命懸けとは口で言いながら、気持ちの中では議員報酬に頼るばかり。これじゃあ、お国の政治はできません。良い悪いは別にして、中国の政治家の方が、度量という点でははるかに凄いですね。生きるか死ぬか、そこのギリギリで国を動かそうとするチカラ、それが良い方向に行けば国は良くなるのですが、残念ながら、今の日本、少なくても政治家の度量は無いようです。それと、さっきの被災地に真っ先に駆けつけた台湾の救援部隊のことですが、中国は、絶対にそんなことでケチはつけませんよ。むしろ、こちらも早く行かなければと考えたに違いありません。だって、よその国に後れを取るなんて、中国人の面子と言いますか、プライドから言えば恥ずかしいことです。それを、政治や外交の話にすること自体、国家として、これほど大人げない話はありません。漢民族のプライド、それは度量なんです」。

 おっと、欧陽春くんにズバリ言われてしまいましたヨ。

 よせばいいのにアスパラが、「欧陽春くん、それは言い過ぎだよ。日本がこれだけの大国になったのは、それこそ先輩の度量があってこそ、この国には、ずうっと武士道の血が流れているんだから、ミミッチイなんて、それは失礼だ!」。

 へえ、アスパラが珍しく怒っています。

 対して、欧陽春くん、「ははは、アスパラさんも怒るんですね。では、もっと言いたいことを言わせてもらえば、それだけの度量があるのなら、くだんの裁判中の政治家は、有罪になったら腹を切ると言えばいいのじゃないですか。政治家が、何億円ものお金を使って土地を買い、それは秘書に任せていたから知らない。あげくに消費税は国民に負担を強いるから反対なんて、何億円も人任せにするような感覚の人が、何で国民感情が分かるのでしょうか。やましいことが無いのなら、全部、事実を説明すればいいのに、秘書がやったと知らぬ存ぜぬ。これが武士道ですか?」。

 「む、むむむ~。そ、そうは言っても、武士道は武士道! ちゃんとあるんだから…」。

 ははは、アスパラの完敗ですナ。それにしても、確かに欧陽春くんの言う通り、我が国の政治家の度量、なんとも心配ですヨ。

 「さあさあ、もう止め、お終いにしましょう。楽しくパァッと呑みましょうよ。ねえ、部長」。

 「おうよ、お局の言う通り、今夜は次郎さんが全部おごってくれるって、そう言うのだから、ここはゴチになろうじゃあないか。あらためて、乾杯!」って、オイオイ、何でアタシのオゴリなんでしょうか。冗談じゃありません…。

 と、そこにお局が、「そうよ、次郎さんにオンブに抱っこじゃ申し訳ない。でも、そこは度量満点の次郎さん、割り勘なんて絶対に受け入れないわよねェ、次郎さん!」。

 う~ん、ハメられましたヨ。見事ですナ。でも、たまにはいいでしょう、これがアタシの度量になるのならネ。
 
 それにしても、そこまでオンブする皆の度量も大したもんだ。ははは…。