ブランド活性化手法その(1) ごきぶりホイホイの秘密

 ブランド活性化手法の一番手は製品やサービスそのものです。「ウォークマン」は再生機能に特化した携帯できるカセット・プレーヤーという新カテゴリーを築き、製品自体も良く売れてその名前も世界に通用するブランドとなり、企業ブランド「ソニー」のブランド力向上にも大きく寄与しました。アップル社の「iPhone」もしかり、古くは複写機のZeroxのように、製品名がブランド化すると同時に実質的にカテゴリー名にもなる(30年以上前、電通でも部下にコピーを依頼する時に「これちょっと、ゼロックスしてきて」という先輩社員がいて、ずいぶん気取った会社だなと思ったのを記憶しています)例もあります。特に、製品自体に技術的イノベーションがありそれが世の中に受け入れられるとその製品名は一気に強力なブランドに育ちます。

 日本人に身近な例としては、1973年に発売されたアース製薬の「ごきぶりホイホイ」はどうでしょうか。それ以前のゴキブリ駆除装置はプラスチック容器の中心部に餌を入れて、ゴキブリを生け捕りするものでした。「ごきぶりホイホイ」のイノベーションは、組み立て式の紙容器の中心部にゴキブリの好む匂いの誘引剤を据えて進入したゴキブリを粘着剤で仕留めてそのまま容器ごと捨てられる、つまり捕獲物の姿を見ずに処理できるというメカニズムにありました。この画期的新製品は市場で大ヒットし、「ごきぶりホイホイ」がゴキブリ駆除商品カテゴリーの代表的ブランドとなったのみならず、赤字に苦しみ大塚グループ傘下に入っていたアース製薬自体の経営と企業ブランド再興の救世主となりました。ついでに言うと、ある製品名称がブランドと成り得たかどうかを診断する方法の一つは、そのブランド名が製品のライン・エクステンションを可能にしたか否か、です。この場合、「ネズミホイホイ」「コバエがホイホイ」などが商品化されていますから、「×××ホイホイ」という名称にブランド力が備わっていると判断できます。

 しかし、残念ながら私たちの製品開発に技術的ブレイクスルーが存在するのはごく稀です。イノベーションを持たない通常の製品やサービスをブランド化する手段は他にないのでしょうか。実はやり方はいろいろあるのです。まずはデザインです。デンマークのAV機器メーカー「Bang & Olufsen」の製品はその北欧的な美しいデザインで人々を魅了しています。技術的な優位点はなくとも、同社のCDプレーヤーやスピーカーには他社には真似できないシンプルでエレガントな色・形・操作フィーリング・インテリア性が備わっており、そのことが「Bang & Olufsen」のブランド力の源泉になっています。それがブランド足り得ているかどうかのもう一つのリトマス試験紙は、価格です。他社製品に比べて、あるいは原価に比べて明確に高い価格設定が成り立っていれば、お客様はその製品やサービスは付加価値を持つブランドであると認めていることになります。高価格と高収益戦略は真のブランドにのみ許されるビジネスモデルです。

 イノベーションやデザインを持ち込みにくい製品カテゴリーでも、製品を主役にしたブランド育成は可能です。例えばボトル入りミネラルウォーター業界では、Evianがブランド戦略に長けています。彼らは様々なブランド活性化手法の一つとして、ファッションデザイナーとのコラボレーションによるボトルを導入して上手にPR展開しています。カラフルなリボンを巻きつけたようなPaul Smithバージョンや、一輪の花をモチーフにしたIssey Miyakeによるデザインなど、通常ニュース性に乏しいミネラルウォーター製品を見事に話題化して、結果として他ブランドと異なるEvian独自のブランド資産を築き上げているのです。

 さらにどうしても自分で独自性を打ち出せない場合、「Co-branding」という手法があります。台湾のPCメーカーAcerは古くからPCのシェルやマウス上にFerrariのシンボルマークをあしらった「Ferrari」エディションを発売しています。レノボもコカ・コーラ、NBA、オリンピック、ディズニーなどのグローバルブランドとコラボした製品を出しています。自分より強力なブランドの力を借用するこの手法、本質的なブランド育成ではないかも知れせんが、ブランド活性の手段としてよく使われています。

 サービス産業でも製品は主役に成り得ます。有名なのが、Westinホテルの「Heavenly Bed」です。ホテル業界でサービス向上のために時を置いて客室のレノベーションを行うのは当たり前のこと。当然ベッドも耐用期間を過ぎれば新品に取り替えられるでしょう。この当たり前の慣行をWestinは画期的なブランディング手法に昇華させました。やったのは実に簡単なこと。新しいベッドに名前を付けたのです。考えてみると、消費者向けのベッドにはSimmonsやフランスベッドなどの企業ブランドや商品シリーズの名称が付いていますが、ホテル独自のベッド名など聞いたこともありません。しかし、Westinは新しいベッドに「Heavenly Bed」という魅惑的な名前を付けて1999年から傘下のホテルに展開していきます。すると思いも寄らぬこと(計算されていたとすれば驚きです)が起こり始めました。新しいベッドを体験した宿泊客がその素晴らしさを口コミで発信し始めたのです。その際、この新しいベッドが「Heavenly Bed」と言う名前を持っていたことが決定的に重要です。通常のホテルのレノベーション後であれば宿泊客が友人に話せるのはせいぜい「Westinに泊まったら新しいベッドで寝心地が良かったよ」程度のことです。しかし、そこに名前があったがために「WestinのHeavenly Bedはすごくいいよ」という口コミが可能になったのです。そしてその情報が多くの旅行客に伝わって体験者が増えていくにつれ、その名称にポジティブなイメージが蓄積され、やがて「Heavenly Bed」は単なる名前からブランドへと成長したのです。

 「Heavenly Bed」はWestinのビジネス戦略にも大きな影響を及ぼします。導入後間もなく、お客様から「Heavenly Bedを自宅用に購入したいのだがどこで買えるのか?」という問い合わせが入るようになり、それに応えてオンライン販売を開始することになったのです。今でこそホテルブランドのグッズのオンライン販売は珍しくありませんが、レノベーションした部屋のベッドがお客様の要請で消費者向けの商品となったのは、最初に「Heavenly Bed」という名前があって、それが付加価値を認められるブランドに成長したことが最大の理由だと思います。ちなみに、Westinではその後「Heavenly Shower」や「Heavenly SPA」などのブランド・エクステンションを行っています。「Heavenly」がブランド資産となっていることの証です。