日産 驚異の会議 改革の10年が生み落としたノウハウ、漆原次郎著、1,575円(税込)、単行本、245ページ、東洋経済新報社、2011年11月
日産 驚異の会議 改革の10年が生み落としたノウハウ、漆原次郎著、1,575円(税込)、単行本、245ページ、東洋経済新報社、2011年11月
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 「あなたは会議が好きですか?」と訊かれて、「Yes」と答える人は少ないに違いない。

 担当者も管理職も経営層も例外ではない。みんな何かしら会議への不満を持っている世相を反映して、「会議」をテーマにした多くのビジネス書が出版されている。古くは2005年の大橋禅太郎著『すごい会議』が米YAHOO!社、米Apple社などで採用している革新的な会議方法を紹介していたし、2008年の清宮普美代著『質問会議』では、キリンビールも採用したという、いっぷう変わった「質問と答えだけで進行していく会議」を提唱していた。最近では、横山信弘氏がこの4月に発刊したばかりの『脱会議』で、会議の「数」「時間」「参加者」を2分の1にして、会議総コストを9割削減せよと警告しているほどだ。

 昨年11月に発刊された本書『日産 驚異の会議』も画期的な会議の方法を述べている本のひとつであるが、類書と違っていることがある。それは、この新しい会議の方式が、外部コンサルタントが提案したものではなく、社内関係者によって考案され、カルロス・ゴーン公認のもとで全社展開されたもの、ということである。

 ゴーン改革が目覚ましい成果を挙げたとき、成功の要因としてクロスファンクショナルチームの存在が注目されたが、その後の安定した成長のために開発され、成果をあげてきたのが、「日産の会議」ともいうべき、画期的な会議方式である。

 本書に登場する「日産の会議」のなかで、やはり一番驚くのは「意思決定者が出席しない」というルールである。

 正確に言うと「意思決定者は最初と最後しか出席しない」のだが、なぜ意思決定者を退席させるかというと、意思決定者が会議に在席して発言するデメリットが大きいと判断したからだ。ふつうの会議を思い出せば分かると思うが、意思決定者(通常は、会議の出席者の中で一番のエライさん)が会議で発言すると、反対意見が出にくくなってしまう。お追従や、顔色うかがいのための会議になってしまいやすいのだ。おまけに、エライさんが会議の趣旨を変えて議論を脱線させても、誰も止められない。

 発想を変えて意思決定者に退席してもらうと、エライさんの顔色をうかがう必要がなくなる。発言者の名前を書かずにホワイトボードに意見を並べるようにすることで、出席者どうしは安心して活発な議論を展開することができる。だから「日産の会議」では、最後に意思決定者が登場して採否を決める、という方法を採用したのだ。

 もうひとつ、「議事録を作らない」のも画期的だ。会議中に作成した模造紙やホワイトボードをデジタルカメラで撮影して議事録の代わりとし、あらためて議事録を作成しないのだ。

 日産もかつては議事録を清書していたが、部門間の対立のおかげで議事録がなかなか完成しなかったそうだ。事務局がとりまとめた議事録を確認のために関係者に回すと、「そう言ったかもしれんが、意図はそうではない。表現をこうしてくれ」という注文がつく。「表現を変える」くらいなら良いが、会議の結論が変わるほど決定事項への介入が行われることもあったという。

 せっかく会議で決めたことが決定事項とならないのでは、何のために会議を開いたのか分からない。意表を突く方法だが、「議事録を作らない」というのは、確かに効果がありそうだ。

 この他、本書には、「日産の会議」の“憲法”ともいえる7箇条のグラウンドルールや、系統図、親和図、ペイオフマトリクスの三種の神器などの具体的会議ノウハウが詳しく載っている。また、昨年の「3・11」の大震災発生時に「日産の会議」で迅速に震災対応を行った過程や、横浜F・マリノスの集客を「日産の会議」でアップした秘訣も紹介されている。

 ところで、ジョン・K・ガルブレイスは、レーニンがロシア革命前に頻繁に同志と会合を重ねたことについて、ベストセラーとなった『不確実性の時代』の中で次のような指摘をしている。

「まじめな会議というものは、情報を交換するために開かれることは少ない。物事を決めるために開かれることはさらに少ない。これらの会議の大部分は、共通の目的を宣言し、出席者に対し、仲間がいることを示して、自信を補強するために開催される。あるいはまた、行動が不可能な場合に、行動計画の机上検討を行うために開催される。それは、開催されることによって、出席者、さらにしばしば他の者にも、実際には何も起こっていないのに、ないしは起こりえないのに、何か起こっているような感じを与える効果がある」

 ロシア革命という伸るか反るかの大ばくちを前にして、レーニンにとって「仲間がいることを示して、自信を補強する」ための会議自体が重要だった。その後、時代と状況は変わっているが、平和な社会で経済活動を繰り広げる我々も、別の意味でガルブレイスの指摘を真摯に受けとめなければならない。油断すると「何か起こっているような感じを与える」会議をくり返してしまいがちだからだ。

 グローバル社会で生き残るために、「日産の会議」から学ぶことは多い。

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