「ねえねえ次郎さん、この間、銀座のデパートに行ったら、日本人より外国人、それも中国の観光客でごった返しているの。さすが、中国は成長著しいのよね。ビックリしたわよ」。
 
 聞いた欧陽春くんも、「そうなんですよ。実は彼らが日本のデパートに来る目的は、有名ブランド品を買いに来ているのです。それも、普通に買うと言うより、まとめ買いですよ。とにかく、親戚や友人に頼まれたりして、それはそれは、たくさん買うのです。お金もあるし、しかも、中国で発行しているクレジットカードが日本で使えるようになって、便利になったのでなおさらです」。

 「ふ~ん、そうなんだ。でも何で、わざわざ日本に来て買うのよ。中国でも立派なデパートがあるし、あっちでも有名ブランド品なんて売っているでしょうに。観光のついでに買うとしても、あれだけまとめて買うなんて、余程、お金が余っているのかしら」。

 「ふう、実はそこなんです。本当のことを言いますと、彼らが日本で有名ブランド品を買いまくるのは、日本で売っている物は本物だからなんです。ちょっと恥ずかしいですが、中国では、例え有名デパートでも、偽物を堂々と売っているのです。ですから、どんなに立派なお店でも、実のところ、中国の国内では、そのあたりの信頼性と言いますか、信用が出来ないので、わざわざ日本に来て買うのです。日本のお店で、しかも有名デパートなら、絶対に偽物は売っていない。彼らは、日本のお店の信頼性を信じているのです」。

 いやいや、嬉しいような淋しいような、なにか複雑な感じもしますワナ。自国のお店で売っている商品が、全部ではないのでしょうが、かなりの偽物が出回っていると、中国のシトが中国のお店を信じていない。これは問題ですヨ。

 部長も、「おいおい、あれだけ日本を非難しながら、買い物だけは信用しているなんて、何か変じゃあないか。本当は、中国の国民は日本を好いているのかもしれねえナァ」。

 「部長、全部が全部そうだとは言えませんが、中国人は凄く合理的で、政治と生活・経済はハッキリと分けて考えているのです。ですから、日本人は不正をしない、その点は信用しているのです」と欧陽春くんの説明です。

 確かに、あれだけ、先の大戦の歴史観について、アタシ達に過剰ともいえる厳しい意見を浴びせる一方で、これだけの信頼感を寄せる根拠は、一体、どこにあるのか、それを心配するくらい、銀座のデパートは中国の方々でごった返しているのですヨ。

 聞けば、彼の地でのアンケートによると、国としての日本は嫌いだけれど、日本人は信頼していると考えているシトが多いのだそうな。TVの報道などで見ている中国での彼らと、日本での彼らは、全く別人ではないかと思うくらい、日本で買い物をしている彼らは穏やかで、ものごしは紳士的なのですヨ。

 こうして見ると、彼らが何故、日本で買い物をするのか、それは、日本だから安心、その一言ではないでしょうかねェ。同じ物は、自国でも売っている、しかし、自国では本当にそれが本物か、それが分からない。だけど、日本なら売っている物は本物で、決して日本人と日本のお店は嘘を付かず、インチキをしない、そう思っているに違いありませんヨ。

 「そうだよナァ、でも、それは中国のシトばかりじゃないかもしれねえよ。大震災後の日本人の礼儀正しさや、絆の深さを知った世界中のシトが、日本という国は、実は、本当に信頼できる国であるということを、再認識したんじゃないだろうか。そうだとしたら、俺達は、このことを積極的に様々な場面で、有効に利用しなくちゃあいけねえぜェ」。

 部長の言う通りですヨ。これは、ある意味でチャンスかもしれません。これまで、日本の競争力と言えば、品質、コスト、スピードだったのが、そのいずれもが、中国をはじめとした成長著しい国に負けそうになっている今、これからは、信頼性の一点だけを言うようにしたらどうでしょうかねェ。

 「おうよ、次郎さん、それがイイ! いくら頑張っても、これだけの円高、いやいや、そのセイばかりにするんじゃないが、もう、コスト競争には勝てないよ。もっと言えば、モノだけの競争では、残念だがこの国はもう勝てないと思うのサ。だから他の、モノではない、他の新しい競争力を身に付けなければ、本当に、日本は沈没しちまうぜェ。これからは、品質は同等だが、日本製は信頼できますよ。コストは高いかもしれないが、日本製は安心して使うことができますよ。納期が遅いと言われたら、急がば回れ、急いでは信頼性を担保できません。そう言おうじゃねえか!」。
 
 ははは、部長が元気になって来ましたヨ。そうなんです、今までアタシ達は、品質やコスト、そして律儀に納期を守ることに一生懸命でしたが、そのいずれもが中国や韓国、そして台湾などの国々に追いつかれ、そして追い越されてしまった感がありますヤネ。競争に勝つために、特にコスト競争力を高めようともがいているのですが、残念ながら、その出口が見えないのが現状ですワナ。
 
 しかし、こうして考えるとこの国の信頼性、今度の大震災でも大きな成果がありました。例えば、東北新幹線ですヨ。震度8とも9とも言われる大地震だったのに、一人の死者も出さずに発災直後に急停止したんですから、凄い事じゃありませんか。先の、新潟地震の教訓を生かして、地震計を多数配置し、橋脚を補強し、大地震に備えていたのですから、本当に大したものです。

 また、ある大手テーマパークでは、園内に居たお客様を、速やかに安全な場所に誘導して、毛布と飲食物を全員に配ったそうな。多分、いつも非難訓練を繰り返していたのですヨ。そうでなければ、ぶっつけ本番では出来ないことですワナ。

 振り返ってみると、アタシ達の周りでは、多くの信頼性の実証がされていたのですゾ。 

 さあさあ、丁度、いい時間になりました。いつもの赤提灯に繰り出しましょう…。

 「それにしても、今日はイイことを聞いたぜェ。言われて初めて気が付いたが、確かに、日本のデパートで偽物は絶対に売ってはいないよナァ。もしもそんな事をしたら、その店はあっという間に不買運動が起こって、それでお終い。倒産しちまうぜェ」。

 「そうよ、部長の言うように、アタシ達女性も嘘つきは大嫌い。特に、食品に向ける目は、本当に厳しいわよ。産地偽装や賞味期限をゴマ化した途端、どれだけの企業が潰れたか。この国の国民は、何が一番大事かって言えば、信頼性、そこなのよ。だけど、アタシ達が肝心のそのことについて慣れてしまって、それが競争力になっていることに、気が付かないでいたなんて、変な話じゃない。よかったわよ、気が付いて」。

 「ホント、今日はいい勉強になりました。さあ、これからは信頼性という競争力で勝負をしましょう。コストが高いと言われたら、信頼性の為のコストであると説明しましょう。品質が同等もしくは劣ると言われたら、信頼性を優先させた結果だと言いましょう。納期が遅いと言われたら、急がば回れ、少しくらい遅れても死ぬわけじゃありません、そう言いましょう!」。

 なんか、アスパラが分かったような分からないようなことを言っています。聞いたお局が、「だからァ、それは本当に信頼できる人が言えば信頼されるけど、一番、信頼されていないアンタが言ってどうするのよォ!」って、厳しいですヨ。

 「せ、先輩、それはないですよ。ねえ、欧陽春くん」、助けを求めますが、欧陽春くんは、「ははは、それはそれとして、日本の信頼性に対して、乾杯しましょう!」って、上手く逃げますヨ。
 
 続けて、「本当に、信頼性ということに、日本人自らが気付かなければいけないと思うのです。今度のことは、信頼性を一番必要にしている中国人が、図らずも教えてくれたと考える方がいいのではないでしょうか。中国人の私が言うのも変ですが、今、信頼性をもっとも必要にしているのは中国をはじめとした、世界中の現代社会ではないかと思うのです。なのに、その信頼性を築き上げた日本人自身が、あまり、そのことに気付いていない。これは、もったいないと思うのです。私がこれまで日本で学んで来た一番のこと、それは、信頼性なのかもしれません。こうして、皆さんに受け入れてもらえ、しかも、私のことを信用してくれるという人間に対する信頼性。そして、しっかりとしたものづくりの後ろにあるソフトやオペレーションの信頼性。この国に来るまで、それを感じることはありませんでしたが、今こそ、日本は、この信頼性を大いにPRすべきではないでしょうか。世界中の人が分かってくれているのですから、信頼性は、日本の産業になるのです。さあ、あらためて乾杯しましょう。この国の信頼産業に、乾杯!」。

 そうか、信頼産業か、いやあ、欧陽春くん、有難う。そう言う君の信頼性に感謝。謝謝ですヨ。