一方、開発してきた技術を国策として日本に残したい、というのも「正義」です。しかし、日本政策投資銀行を通じてエルピーダメモリに300億円の税金が投じられたにもかかわらず、倒産。政府の介入は時として、市場メカニズムを歪めて企業間の正当な競争を阻害し、本来は退場すべき企業が生きながらえてしまうという問題を引き起こすこともあります。

 このように、ある関係者にとっては「正義」のことが、別の関係者にとっては「不正義」にさえなることがあるのです。

 企業が倒産した時も、「正義」は立場によって異なります。倒産した企業の従業員にとっては、倒産後は一刻も早く、就職先を見つけなければいけない。倒産した会社のメンバーは転職市場のライバルになります。転職市場は早い者勝ち。会社が傾いてきたら、迅速に転職の活動をし、沈みゆく船からいち早く抜け出した人から、救命ボートの座席は埋まっていきます。

 一方、破綻した会社の立場からすると、エンジニアは大事な資産。売却先との交渉を有利に進めるためには、エンジニアは何としても社内に留めておこうとするでしょう。まさに、企業と社員の「正義」が対立するのです。

 経済が右肩上がりだった時代、日本のエレクトロニクス産業が強かった時代には、会社、出資者、従業員の「正義」が一致し、ジレンマに悩むことは少なかったかもしれません。しかし、過去の世界中の企業の歴史を振り返ると、数十年にわたってステークホルダの「正義」が一致することの方が例外的。今まで日本の電機産業が極めて幸運だったということでしょう。

 今後の日本のエンジニアは、海外のエンジニアと同様に、このようなジレンマに悩みながらも、嗅覚を働かせ、危険を察知するサバイバル能力が試される。個々人が逞しく生き残ることが必要になるのではないでしょうか。

 最後に、私事で恐縮ですが、私もより良い環境を求めて、4月1日付で中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科に移りました。東芝から東大に移って4年半余り、2度目の転職です。東大在職中にお世話になった方々には、心から御礼申し上げます。

 大学も少子高齢化で淘汰の時代。以上述べてきたことは、私も人ごとではなく、何とか生き残れるよう、常に全力で新しいことに挑戦し続けなければならないと思っています。今後も引き続き、MOTコラムにお付き合いのほど、よろしくお願いします。