21世紀考、情報の次は基本の基、物質である。物質の変遷として「金属→無機物→有機物」という流れを電子計測器&システムガイドブック2001(日本電子機械工業会編)では、解説した。そして、21世紀は有機の時代と予想した。

 人類の歴史を振り返れば、石器、銅器、鉄器と進歩してきた。「道具を使う動物」と人類を定義するなら、器は人を象徴するものである。決して強くない人類が万物の長として君臨しているのは、手にした骨器や石器で猛獣を撃退できたからである。そして、青銅製や鉄製の武器や農具は人を変え、社会を変え、ついに自然さえも変えてしまった。

 人は誕生時から金属や無機物、有機物という物質に囲まれていた。しかし、人が科学技術を使って物質を繰れるようになった始まりは、青銅器や鉄器などの金属からであろう。鉄器と火薬が結びついた鉄砲がヨーロッパ人によるアメリカ大陸やアジアの跋扈(ばっこ)を許した。18世紀に本格化した石炭を用いた高炉による鉄の大量生産が鉄の大衆化を進め、アールヌーボーという芸術を開花させた。そして、直線を中心とする幾何学の芸術であるアールデコへと変遷していく。それは、大規模戦争へのトレンドでもあった。鉄本来の持つ危険な直線性を賛美する社会。それが第二次世界大戦前の世界であった。

 もっとも、第二次世界大戦は鉄文化を象徴する巨艦が軽金属製や布製の航空機に撃沈された戦争であった。そして、航空機に対する巨艦の武器がレーダーであった。当時の電子機器は真空管が主役である。ナス管、ST管、GT管、ミニチュア管。どれも懐かしい。真空管は熱電子。すなわち、タングステンなどの金属から放出される電子流をスクリーングリッドなどの電位で制御する演算装置である。

 エレクトロニクス金属の時代は半導体の登場で様相が変わる。最初はゲルマニウムトランジスタであった。ゲルマニウムは金属である。しかし、1970年代からシリコントランジスタにとって代わられてしまった。ゲルマニウムは耐熱性に問題があった。はんだ付けには気を使ったものである。それ以上に、シリコンは原料が「浜の真砂」、いくらでもあった。

 20世紀の世紀末はシリコンの時代であった。ICで培かった微細加工技術はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)として花を開いた。センサ、アクチュエータに応用され、たんなる演算の域を越え、無機物が文化となった。

 現在、シリコンの時代に変化が訪れている。ご承知のようにシリコンの特性からCPUのクロックが数GHzに留まっている。これ以上、クロックを高速化するとチップ自体が溶けてしまう。そのため、マルチコア化が盛んに行われている。アクチュエータ系ではSiC、すなわちシリコンカーバイドに関心が集まっている。私がTech-On!のこのコラムに参加する起因も、『日経エレクトロニクス』2007年9月24日号(p. 232)に掲載されたSiCへの変遷の予測であった。

 半導体となるのは、Ge、Siなどの第IV族の原子である。重い元素であるGeという金属から無機物であるSiに半導体は遷移した。さらに、SiCを経由して第IV族最軽量の原子であるC,カーボンに遷移しつつある。21世紀はナノチューブ、グラフェンなどカーボン一族の時代である。

 そして、まだ先がある。ブラウン管を駆逐した液晶。そして、最新の表示装置である有機EL。これらは有機素材である。カーボンにスルホン其やアルカリ基を結合させれば有機物である。SiC、ナノチューブ、グラフェンなどのカーボン素材は有機化の先兵である。人体は有機物を素材に偉大なメカニズムの集合体として存在している。その人が有機物を繰り始めている。人工DNAを含め、新たな時代が始まろうとしている。鉄器時代、シリコン時代が時代の大きなキーワードなら、人類はそのキーワードを掴みつつある。楽しからずや。

 次世代自動車が姦しい。EVか、HEVか、PHEVか、はたまたディーゼルか。駆動方式はともかく、物理学の教えによれば燃費向上の切り札は軽量化。当面は、高張力鋼板、軽金属、カーボン、樹脂の競い合いとなるだろう。性能、コスト、量産性のせめぎ合いである。情報の時代と言われているが、物質は根本的な変化を世界にもたらす。これも、楽しからずや。