日本企業の最大の強み

 インターナル・ブランディングとはベクトルのようなものだと思います。一人ひとりの力は小さくとも、すべての努力が同じ方向を目指していれば全体として強大な運動エネルギーが生まれます。そしてこのようなやり方は日本人や日本企業に一番適していると思います。

 私が働いている中国は、いつも言うようにグローバル市場です。労働市場と人々の働き方も急激にグローバル型に変容してきており、特にアメリカとの類似性が際立ちます。具体的には、(1)良くも悪くも人の個性が突出している(2)転職率が非常に高い――の2点が特徴だと思います。このような環境の利点は、市場全体に活気があることです。特に能力の優れた人たちは仕事を通してスキルにさらに磨きをかけて転職を重ねてステップアップするための高いモチベーションを持っています。しかし、このような環境下での組織経営は、個人の能力を短期的に金で買うことの集積で行なうしかありません。また、そうして集めた異なる個性や価値観を束ねて一つの方向へ向けるのは容易なことではありません。ここに中国企業の弱点が潜んでいると思います。

 翻って、日本の特に技術系企業の優位点は長らくそれこそ職人技の技術力だと考えられてきました。それはその通りだと思います。しかし、中国や韓国にも優秀な技術者は大勢います。創意工夫して技を磨いていくのに長けている人々は日本だけでなく東アジア全体に存在すると考える方が合理的である気がします。さらに、ドイツやスイスの職人たちの水準の高さは万人の知るところです。また、宇宙開発からiPadまで、技術力を創造的パラダイムの中に活かすことに関してはアメリカ人が図抜けています。

 私は日本企業の優位点は技術力に加えてそれをチーム全体で、組織一丸となって追求できる団結力にあると思います。世界中のディズニーランドの中で全体として統制の取れた高水準のサービスを提供していることに関しては東京ディズニーリゾートが断然優れていると感じる人は多いと思います。香港やアメリカのディズニーランドと比較すると、キャスト(社員)の個性の豊かさや表現力では海外に軍配が上がるかも知れませんが、統制と気配りは日本の独壇場でしょう。「9割がアルバイト」と言われる東京ディズニーリゾートの社員のサービス・パフォーマンスの高さは日本企業が世界で戦う上での優位点を再認識させてくれます。

 サントリーの創業者鳥井信治郎がことあるごとに言っていたといわれる言葉が、有名な「やってみなはれ」です。「やってみなはれ」という物言いの背後には、「結果の責任は俺がとるから」というサポートや激励が感じ取れます。「つべこべ言わずにやればいいんだ」という突き放したニュアンスがないところが私は好きです。実際私も10年以上前の話ですがサントリーをクライアントとして担当していた時期があり、その頃社員の皆さんの新製品や新カテゴリー創造への積極的チャレンジやプロジェクトを前に推し進める力を目の当たりにして「やってみなはれ」精神が会社のDNAとして生きているのを感じました。面白いもので、各企業それぞれ個性があります。ブランドの世界では「パーソナリティ」とか「キャラクター」と呼びますが、特に本社ビルに一歩足を踏み入れるとそこにはビンビン肌で感じる企業の雰囲気が存在します。日本の大企業にはIQは高そうだが形式主義的な雰囲気を持つ所が多いような気がしますが、サントリーの人たちには「会社の仕事をやらされている」というよりも「自分たちのプロジェクトに取り組んでいる」という雰囲気を強く感じたものです。

 ピーター・ドラッカーの著作の中に(すみません、どの本かは失念しました)、「コンサルティングの依頼を引き受けるか否かはどのように決めるのですか」という質問に答えた部分がありました。ドラッカー曰く、「社員が仕事を楽しんでいる会社のコンサルティングなら引き受けることにしている」。これには「さすが!」と思わされますが、しかしちょっとずるい気もします。社員がビジョンと価値観を共有して生き生きと仕事に励んでいる企業であれば、もう半分以上成功への道を歩み始めているようなものですから。大先生には勝ち馬に乗るより、何らかの理由で実力を出し切れない馬をその鮮やかな手綱さばきで逆転勝利へと導いていただきたいものだと思うのは私だけでしょうか?

 さて、次回からはいよいよ外部、すなわち社会全体へ向けたブランド構築「External branding」の具体的方法論の紹介に入ります。