最近見たテレビ番組で、ある大学のIT系の教授が「日本のネット上に流れる情報量はこの10年間で30倍になったんですよ」と指摘していました。平均すると、1年で40.5%の伸びを続けたことになります。いわゆる「ムーアの法則」では1チップ上のトランジスタ数が1.5年で2倍になるとしていますが、これは年率では約59%の伸びに相当します。ムーアの法則には「2年で2倍」説もあるようで、それだと年率約41%の増加率となって、情報量の伸び率とほぼ一致します。これ以外にもIT系の分野では、年率何十%という伸び率はさして珍しいことではありません。

 犬は1年で人間の7年分年を取るといわれることから、変化が非常に速い状態をドッグイヤーと言いますが、IT系の世界は、インターネットが普及し始めてからの10数年、まさにドッグイヤーで走り続けてきたわけです。私は2001年9月の特集号(日経エレクトロニクスではなく、かつて所属していた「日経コミュニケーション」の特集ですが)に書いた記事で「近い将来、個人放送局が当たり前になる」という予測を書きました。近い将来といっても2010年以降だろうと思って書いたのですが、4年後の2005年に始まった動画配信サービス「YouTube」などがたちまちそれを現実にしてしまいました。

 一方、ドッグイヤーで走る事業とは対極の事業もあります。それを痛感したのがこれまた最近見た、日本の電力問題を議論していたテレビ番組でした。その中で、ある大学の原子力発電系の教授は「サンシャイン計画で太陽光発電は使い物にならないことが分かった。だから、原子力なんです」という趣旨のことを話していました。サンシャイン計画とは、1974~1992年の間続けられた、再生可能エネルギーの実証実験と振興策のことです。当時の太陽光発電は確かに、特にコストの点でそのままでは使えなかったでしょう。しかし、今はその計画が終わってから約20年も経っています。これを見て、「この教授の心の時計はサンシャイン計画の頃から止まったままなのかな?」と思ってしまいました。

 それはある意味、無理からぬことかもしれません。これまでの電力事業は変化のタイムスケール(時間間隔)が非常に遅かったからです。原発1基建設するにも10年近く。水力発電用のダムでは数十年かかるケースもあります。電力会社が管内の全戸の電力メーターの更新を一通り終えるのにも5年以上かかるようです。そうしたタイムスケールで測ると70~80年代もたいして昔ではないのでしょう。あたかも3年たってやっと人間の1歳分年を取る「タートルイヤー」で生きているかのようです。カメの中でもゾウガメは250年以上生きる個体もいるようですから。

 ただし、ここでは電力事業の歩みの遅さを笑いたいのではありません。実は、IT系、つまり通信事業もある時までは同じでした。それは1985年、それまでの日本電信電話公社の分割・民営化が始まるいわゆる「通信自由化」の年です。この年以後、競争相手となる会社が次第に増えていき、折からのパソコンやインターネットの勃興も手伝って今のようにドッグイヤーで走る通信事業に変わってきたのです。それまでの旧態然とした法体系も、新しい通信技術や通信サービス、そして思いもよらないようなユーザー側のネットの使い方を追いかける形で変化してきました。これに対して、「電力自由化」も形の上では少しずつ進められていましたが、実質的には何も変わりませんでした。

 例外はあります。日本の電力事業の中でもドッグイヤーで走ってきた分野があるのです。それが太陽光発電事業です。この10年で日本での太陽光発電の年間設置量は約10倍、累積設置量は約5GW(500万kW)でやはり10年前の約10倍になりました。2005~2007年の停滞時期を除くと、伸び率の平均は約4割でIT系の伸び率に匹敵します。ところが世界を見渡すと、これでもまだ歩みは遅い方。ドイツは2011年末までに累計約25GW(2500万kW)の太陽光発電システムを導入済みです。イタリアも2020年までの達成を予定していた同システムの導入目標量9GW(900万kW)を2011年半ばに達成してしまいました。実は、日本は原子力発電大国のフランスにさえ、太陽光発電の導入で遅れを取り始めているのです。

震災後、次世代電力技術の種が続々「発芽」

 それでも、日本の電力事業の状況は、2011年3月11日の東日本大震災以後、かなり様子が変わってきたようです。まず、これまで電力事業とあまり縁のなかった企業からの異業種参入が増えてきました。特に多いのが通信業界からの参戦です。例えば、複数の通信事業者が、分電盤にセンサ端末を装着するだけで、自宅の電力消費状況を「見える化」するサービスを既に始めています。これで、電力会社のスマートメーターとほぼ同様の機能を実現できます。しかもそれらの多くが後から新機能をネット経由で追加することも可能です。ある意味、変わらない電力会社そっちのけで、産業界がドッグイヤーで動き始めたといえます。

 見える化を超えた次世代電力網向けの技術群も続々「芽」を出し始めています。正確には前から提案されていた技術群が、海外での実験から国内へ回帰してきたか、雌伏の時を終えてようやく姿を現し始めたというべきでしょう。その一つに、あちこちに設置した蓄電池間での電力融通の実現を目指す技術群や構想があります。蓄電池は例えばオフィスや一般家庭に置かれたもの、あるいは電気自動車(EV)の蓄電池だったりします。こうした蓄電池間での電力融通の究極の姿は「個人放送局」ならぬ「個人発電所」、あるいは電力版「M2M(machine to machine)」です。さて、あと何年で実現するでしょうか。仮に、電力事業の変化のタイムスケールが従来のままなら、通信事業でかかった4年に対して、4年×7年(ドッグイヤー)×3年(タートルイヤー)=84年かかることになるかもしれません。気が遠くなりそうです。

 ちなみに、現時点で提案されている次世代電力網向け技術は、通信技術をモデルにしたものが多いようです。ところが、通信事業と電力事業を比べると必ずといってよいほど、「電力事業は安定が最優先だ」「不安定な再生可能エネルギーは、基幹電力系統に悪影響を与える」という指摘を受けます。実は、通信事業内部でも従来の電話技術とインターネット技術の間で同様の議論が延々と続いてきました。このため、通信技術を基に提案された技術群の中には、これらの課題の解決を図ることを目指した技術も多いのです。こうした異業種参入による変化の兆しは、日経エレクトロニクスの3月5日号特集記事「新・電力システムに懸ける」で詳しく紹介しています。

芽を生かすも殺すも制度次第

 通信事業で起こってきたように、技術やそれを基にした新サービスの進展はしばしば、人の想像を超えたスピードで進みます。これから重要なのは、せっかく産業界に出てきた草の根的な変化の芽を古臭い法律や長すぎる時間感覚で摘んでしまわない制度にすることでしょう。今、議論されている電力事業改革案がどんなに立派なものでも、変化できなければすぐに古びてしまいます。改革案は「変化に迅速かつ柔軟に対応できる仕組みをあらかじめ組み込んでおくこと」を重視してほしいと思っています。