医療分野における日本の可能性

 ヘルスケアの“もの・ことづくり”も日本の特長、日本人の特質を生かせる道ではないだろうか。基盤としてICT(センサなどを含む)+小型化技術+精密加工技術+精緻な制御技術などを伴うさまざまな医療機器産業や医薬品産業があり、それを使う目的としての医療技術やICTを絡めたサービス(“もの”)が、さらに医療ケアや医療サービス提供という“こと”があって、それら全体が“もの・こと”となっている姿である。加療後に在宅で受けられる遠隔医療や、必要に応じた食事提供サービスもある。

 このビジネスモデルを産学官で後押ししながら戦略的に育成・実用化し、それを国内のみならずアジア、中近東にと、日本発の質の高いサービスモデルとして展開できればすばらしい。さらにその先には、遺伝子技術と医療サービスの結合、高度精密・電子技術を背景とした医療機器、それらをつなぐICTなど、超先端技術が集積された医療産業の構造形成が期待できる。

 その他、ICTと小型化技術を生かして農業、漁業の工業化を抜本的に変えるなども日本が成果を出せる分野だと思う。

 以上、日本の“もの・ことづくり”のための国の構造例を挙げたが、特にICTは広範なイノベーションを生むための中核技術であり、サービスのプラットフォーム技術でもあるので、特に重点的な産業構造の育成・形成を期待したい。多様なセンサ技術、M2M(Machine to Machine)技術、中間の無線技術、センサネットワーク技術は“こと”の入口技術になるし、データ処理層のB2B(Business to Business)、B2C(Business to Consumer)、C2C(Consumer to Consumer)などは“こと”のプラットフォームとして欠かせない。これらをコンシューマ機器、モビリティ手段(自動車、電車、船)、建設機械、産業機械、建築物、住宅設備機器、あるいはカテゴリが異なるが農業、漁業、サービス業など、あらゆる“もの”と組み合わせて、新しい“こと”にできる可能性がある。

 日本のお家芸だったコンシューマ機器を“もの”のベースとして、“ことづくり”を含めてグローバルに展開することは、残念ながら非常に困難であると筆者は思う(産にも学にも官にも課題解決の方策より課題が多すぎる)が、むしろ他の分野で、日本が培ってきた技術を発揮できる分野が多いと信じている。それらを前述の分野で、少しずつ“こと”に近づけ、さまざまな分野で“もの・ことづくり”が芽吹く「国づくり」を期待したい。国内のみにしか通用しない独自進化的発想や、日本企業同士の過度の競争は、“もの・ことづくり”の阻害要因にはなるが、成功要因には決してならない。

 国の構造的改革と言いながら、産学官それぞれに関わる人の意識改革が、構造改革への最も効果的な近道と思える。

 次回は、「イノベーション」と「川上力強化」について述べたい。


文中、各国の政策については、以下の資料を参考にした。

米国:
文部科学省「平成20年版 科学技術白書

中国:
経済産業省「通商白書2011年版

韓国:
経済産業省「製造産業局ものづくり政策審議室資料

シンガポール:
製造産業局ものづくり政策審議室資料」, 経済産業省
稲本護昭,「トピックスレポート:シンガポール(シンガポール事務所作成)」,国際金融情報センターシンガポール事務所, 2010年3月4日

日本:
新成長戦略 閣議決定
第4期科学技術基本政策 閣議決定」2011年8月19日