そして、中国の医療機関では保険はきかず、事実上、自由診療のかたちになっている。私の友人が救急車で病院に運ばれたときは、一回2000元だったらしい。それで終わるわけもなく、処置室では「この湿布は400元、この塗り薬は300元、この処置をすると500元」といった具合に売り込みを受ける。こちらは命がかかっているわけだから「はいはい、お願いします」などと言ってしまう。すると、一度の入院であっという間に3000元ぐらいはいってしまう。現地の中国人の収入からすれば、途方もない金額だ。

 賄賂も横行している。いい処置や手術をしてもらおうと思えば、医者への付け届けは当然だ。その金額いかんで命の値段が決まるといってもいい。だから、羽振りのいい医者が多い。しかし、中国での医師や看護師の地位は、日本のようには高くはない。日本の医師は、医学部を卒業し、医師国家資格を持つエリート中のエリートだが、中国では、そもそも医師免許そのものが怪しいものらしい。中国では、医師はエリートではなく、単なる技術者といった位置づけなのかもしれない。

 中国政府はこうした医療体制を社会問題ととらえ、改善を急いでいる。よく考えればおかしな話で、中国はそもそも社会主義の国。それなのに、いつの間にか医療が高額になり、普通の人がまともな医療を受けられなくなった。このような状況になったのは、2000年ぐらいからだと思う。1990年代は、医療技術の問題はさておき、医療は無償で行われていたし、医師のモラルもずっと高かったと記憶している。

 こうした状態だから、中国に赴任する日本人は、それなりの病気の場合は、日系の医師のいる病院や外資系病院の診察を受けるのが一般的だ。診察や治療のためにわざわざ日本に帰国するケースも少なくない。

 中国の人たちの思いも変わらない。富裕層を中心に、医療のために日本に行きたいというニーズは確かにあるようだ。その期待に応えるべく、私も幾つかの中国の大手病院と日本の病院との提携をまとめようとしている。しかし日本の病院には、まだ外国人を積極的に受け入れるだけのインフラが整っていない。中国人患者の声として、特に言葉の壁が大きい。弱っている患者が直接医師に、症状を訴えることができない。通訳がいない時間帯には対応ができないなどの問題がある。だから、外国人の患者を受け入れているといっても年間10人ほど、多くても数十名程度といったところだろう。

 一方、中国の医療ツーリズムを積極的に受け入れ、富裕層の多くが診察や治療で出かける国がある。それがオーストラリアだ。広東省周辺に展開する華僑なら香港から飛行機に乗ってオーストラリア各地の病院に向かう。英語さえできれば、オーストラリアでの治療は容易だからだ。中国からの距離はあるものの時差がほとんどない点も魅力だ。

 これを、指をくわえて見ている手はない。医療ツーリズムのニーズ拡大は日本にとって大きなチャンスだ。医療技術の高さを世界に売り込み、看護のホスピタリティーを魅力的なサービスとして、今こそ売り込むべきだろう。

 中国は、自国が世界最大の高齢化大国になることを予測して、医療技術や医療制度の高度化を急いでいる。日本のチャンスは、医療ツーリズムという患者を受け入れるばかりではない。中国の医師を日本に受け入れ教育したり、中国の病院の体制やシステムを改善するためのコンサルティングを手がけたり、多くのサービスが提供できるはずだと思う。

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