「思っていたよりもずっとまともだな」。日経エレクトロニクス2012年3月5日号で「新興国のスマートフォン、11機種を開けてみた」という解説記事を書きました。冒頭は、この記事で中国製スマートフォンを分解したときの感想です。

 私は、日経エレクトロニクス2010年9月6日号の「分解で探る『iPadモドキ』の将来性」という解説記事で、中国製のタブレット端末を分解したことがあります。こうしたタブレット端末の内部は、いかにも安っぽく乱暴な作りでした。それに比べると、今回分解した中国製スマートフォンは、熱対策が十分でないといった課題は一部あるものの、日本製と言われても分からないくらい完成度が上がっていました。「最近の中国では品質改善活動が盛んだ」との報道もあります(関連リンク)。中国製が粗悪品を意味する時代は終わろうとしているでしょう。

何のための品質か

 一方、日本メーカーの製品には長らく「不必要な過剰品質がコストを押し上げている」との批判がありました。会社更生法の適用を申請したエルピーダメモリに対しても、日本経済新聞は「頓挫した日の丸DRAM 過剰品質が足かせに」(全文を読むには会員登録が必要)と報じています。エルピーダメモリで技術者としてDRAM開発に携わり、現在は社会科学者としても有名な湯之上隆氏は、エルピーダメモリの「過剰技術で過剰品質を作る病気」を指摘しています(同氏が執筆した記事)。

 ただし、エルピーダメモリの製品が過剰品質だったという指摘に対しては、反論が存在します。先日、匿名で記事を投稿できる「はてな匿名ダイアリー」というサービスに、エルピーダメモリの技術者の話だと見られるエントリが上がっているのが話題になりました(当該エントリ)。投稿者が友人の技術者と飲んだときに聞いた話、という体裁のものです。内容の真偽は確かめようがありませんが、それなりに説得力はあります。

 この中で、技術者はエルピーダメモリの「過剰品質」を明確に否定しています。その箇所をそのまま引用すると「現場レベルではコストダウン意識が高かったらしくて、韓国メーカーが高性能化するために銅配線を使っているのをコストダウンのためにアルミ配線で同等の性能を出せるように設計を工夫したりしてたらしい」とのことです。この技術者の結論は「韓国メーカーに技術力で負けた」ということでした。

 湯之上氏の記事を注意深く読めば、実はこのエントリとそれほど違ったことを言っているわけではないことが分かります。同氏の主張は、実際には「過剰品質」というよりは「低収益体質」に力点が置かれています。低収益体質に関しては、倒産という結果から見て異論がある人はいないでしょう。また、「過剰技術で過剰品質」というのは、実は婉曲表現ではないかと指摘する意見もあります(関連リンク)。

 結局のところ、ある製品の品質が過剰なのか(あるいは不足しているのか)は、その製品が何を目指しているのかによって変わってきます。「過剰品質」は日本企業に特有の病ではありません。製品開発の目的を見失ってしまえば、どんなメーカーにも起こり得ることです。

 私たちは、昨年起こった福島第一原子力発電所の事故で、「少なくとも日本の原子力発電には過剰品質なんてなかった」ということを、いやというほど思い知りました。「この品質は何のために必要なのか」という自問は、製品やサービスを提供するすべての企業が忘れてはならないことだと思っています。