“坂本さん”のあれほどこわばった表情と声を目の当たりにしたのは、初めてだった――。2012年2月27日午後6時45分、東京証券取引所の一室。DRAMで世界シェア3位のエルピーダメモリの坂本幸雄氏(代表取締役社長 兼 CEO)は、視線を終始下に落としたまま、用意した文面を読み上げました。

 「弊社は本日夕方、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請しました。関係者の皆さまには、ご支援をいただいたにもかかわらずこのような結果となり、心からお詫び申し上げます…」

 型通りの文言を、時に詰まりながら沈んだ声で読み上げる姿は、いつもの坂本氏とは別人のようでした。同氏は我々メディアから見て、常に“肉声で語る”経営者だったからです。

 そして坂本氏がこの文面を読み上げた瞬間から、世の中のほぼすべてのメディアが猛烈なエルピーダ・バッシングを始めました。「国費を投入しておいて、倒産とは何ごとか」。「企業を倒産させた社長が、続投するとは何ごとか」。そして「これで日の丸半導体は終わった」と。

 坂本氏は確かに、一企業を破綻させた経営責任から逃れることはできません。同氏が記者会見で自ら認めた通り、どこかのタイミングで「経営判断を誤った」のは確かです。エルピーダの経営破綻にはさまざまな要因が絡み合っていると思いますが、最後までDRAM専業から脱することができなかったことは大きかったと私は考えます。現在のDRAM業界の上位4社のうち、専業メーカーはエルピーダだけ。この市況においてもDRAM事業で黒字とされる韓国Samsung Electronics社は別格として、他社はいずれもNANDフラッシュ・メモリに救われている状況です。

 つまり、Samsung社との競争に負けたことは確かだとしても、そもそもDRAM市場だけにとどまってきたことが決定的な敗因だったのではないでしょうか。米Gartner社によれば、2011年のDRAM市場は前年比で25%も減少しました。欧州の金融危機やタイの洪水などの影響があったとはいえ、パソコン市場の停滞によるDRAM市場の落ち込みは明らかです。Gartner社は、2012年もDRAM市場の伸びがわずか1%にとどまると予想しています。スマートフォン向けDRAMの市場は伸びているものの、搭載容量がPCに比べてまだ小さいため、DRAM市場の停滞を補うには至っていないわけです。

 そうであれば、エルピーダはNANDフラッシュ・メモリ・メーカーと提携するなど、何らかの形でDRAM市場からの“逃げ道”を準備しておく必要があったのではないか。ここに来て米Micron Technology社などと提携交渉を進めるのであれば、ここまで財務状況を悪化させる前に手を打つべきだったのではないでしょうか。破綻を目の前にした段階では、他社との提携交渉を有利に進めるのはどう考えても難しい。

 実際、エルピーダはここ数年、ファウンドリー事業へ参入しようと試みたり、NORフラッシュ・メモリ大手の米Spansion社(のNANDフラッシュ・メモリ部門)と協業したりするなど、“脱DRAM専業”を試みていました。2012年1月に開発成果を発表したReRAM(抵抗変化型メモリ)も、そうした試みの一つといえます。しかし結果として、それらが収益源として開花する前に経営破綻を迎えました。

 一方、坂本氏の経営手腕によってエルピーダがここまで善戦してきたことも事実です。同社の経営幹部は今から半年ほど前の取材の際に、「エルピーダさんはこれだけの少数部隊でよく戦ってますねと、いつもお客さんからほめられますよ」と語っていました。Samsung社とは開発リソースに圧倒的な開きがあるにもかかわらず、微細化開発などで同社と伍してきたのはある意味では不思議なほどです。

 坂本氏が2002年にエルピーダの経営トップに招かれたとき、同社の市場シェアは数%にまで落ち込んでいました。それを一時は20%をうかがうところにまで高め、世界3位のポジションを得たのは、坂本氏と同社社員の功績に他なりません。歴史にif(イフ)はありませんが、もし坂本氏の存在がなければ、ずっと以前にエルピーダがDRAM市場から撤退していた可能性は低くないと思います。

 最近では、スマートフォンやタブレット端末に向けた同社のモバイルDRAMは、機器メーカーから非常に高い評価を受けています。2月27日の記者会見で坂本氏は「うちのDRAMがないと新製品が作れない。だから頑張って復活してほしいという声を、世界中の顧客から受け取った」と語りました。この言葉に偽りはないでしょう。そしてそうした声を送っている企業の中に、同社のモバイルDRAMを大量に採用している米Apple社が含まれていることは想像に難くありません。そして、エルピーダがここに来て実用化へと動き始めていた次世代技術、例えばTSV(Si貫通ビア)やReRAMは、まさにこれからモバイル機器やサーバー機などで開花しようとしている技術です。こうした技術に魅力を感じている潜在的なスポンサー企業は、きっと多いはずです。

 さて、メディアに在籍する人間がメディアを批判するのは自己矛盾なのですが、エルピーダ・バッシングの一環として繰り広げられた「日の丸半導体は終わった」という各社の主張には、首をかしげました。東芝のNANDフラッシュ・メモリやソニーのイメージ・センサのように世界市場で大成功している半導体は、「日の丸半導体」ではないのか。むしろエルピーダは、早い時期から台湾企業などと強固に連携してきたという意味では、“日の丸”という言葉は相応しくありません。

 何かと言うと“日の丸の御旗”を振りかざしがちな我々メディアと比べれば、坂本氏ははるかにグローバルな視点の持ち主だと私は感じています。そもそも「韓国メーカーを打ち負かす」という坂本氏の威勢のよい言葉に、いつも溜飲(りゅういん)を下げてきたのは我々メディアでした。同氏を“剛腕経営者”とさんざん持ち上げてきたのも、私たちメディアです。

 坂本氏は2月27日の記者会見で、経営破綻前にエルピーダと他社との提携をめぐる報道が過熱していたことに触れて、「日本のメディアの皆さんのレベルは、相当に落ちていると思う」と言い放ちました。「まだ秘密保持契約(NDA)も結んでいないうちにこうした記事が出てしまったら、日本ではさておき、世界の企業とは提携の話は進められなくなる。一連の報道が、我々の提携環境をどれほど阻害したことか」と。この指摘はある側面で核心を突いていると思います。

 「エルピーダを経営破綻に追いやった責任の一端は、あるときは同社や坂本氏を持ち上げるだけ持ち上げ、あるときは手の平を返してヒステリックなまでにバッシングするような、我々メディアの体質にあるのではないか――」。エルピーダの経営破綻をめぐる一連の報道から、メディアの一員として考えさせられたことは少なくありませんでした。

 日経エレクトロニクスでは近く発行する2012年3月19日号で、エルピーダの経営破綻や、システムLSI(SoC)業界で浮上している事業統合構想などに関する解説記事を掲載します。この記事の“レベル”がはたしてどのように評価されるのか。それは読者の皆様に委ねるほかありません。