2011年11月25日のEditor's Noteでは、米Massachusetts Institute of Technology(MIT)が2006年に発表した磁界共鳴型ワイヤレス給電技術について、MITの開発者に聞いた三つの問いとその回答を紹介しました。ただ、開発者のMarin Soljacic氏に聞いた質問とその回答はそれだけではありません。ここでは、前回積み残しになっていた質問とその回答の一つを紹介したいと思います。そしてそれが、これまで記事にしていない中では最も印象的だった回答でした。

疑問:共鳴用伝送器を設計する際、伝送効率を高めるためにどんなことに気をつけるべきか

 磁界共鳴型ワイヤレス給電技術の最大の特徴は、電磁誘導と異なり、電力を送受信する共鳴用伝送器間の距離を大きく離す、あるいは伝送器同士の角度をある程度変えても、極めて高いエネルギー伝送効率を保てることです。しかし、それを実現するにはやはり抑えるべきポイントがあるようです。そしてそのために重要となるのが、回路技術者とアンテナ技術者の協力でした。

Soljacic氏 伝送器の設計のポイントは、伝送器から電波をいかに出ないようにするかだ。そしてそのために、回路技術者とアンテナ技術者が共同で開発にあたる必要がある。

Soljacic氏 通常の通信技術では、アンテナから電波をいかに効率よく発射させるか、そして電波をいかに効率よく受信して受信回路に伝えるかを考えてアンテナを設計する。ところが、我々のワイヤレス給電技術(磁界共鳴型ワイヤレス給電)では、それとは正反対に、電波の発射は可能な限り抑えて、代わりに遠方に伝播しない近傍電磁界の強さを最大にすることを考えなくてはならない。仮に電波が出てしまうと、それは損失となって共鳴用伝送器の伝送効率を下げる要因になるからだ。

Soljacic氏 これを実現するには、回路技術者だけが設計に携わっていたのではダメで、電波のことをよく理解しているアンテナ技術者の知見を借りる必要があるだろう。伝送器の寸法や形状、長さをどのように設計すれば、近傍電磁界を最大化し、同時に電波の発射を最小化できるかを知る上で、アンテナ技術者の従来の知見がそのまま使えるわけではない。ただ、最適な伝送器を設計できる最も有利な立場にいるのがアンテナ技術者であるのは確かだ。

「磁界共鳴型ワイヤレス給電は電磁誘導の一種」

この問いと回答に続いて、Soljacic氏は非常に興味深い視点を提供しました。

Soljacic氏 磁界共鳴型ワイヤレス給電を見る立場はいくつもある。一つは、電磁誘導技術から見る立場だ。電磁誘導技術と磁界共鳴型ワイヤレス給電の最大の違いは、伝送器間で強い共鳴をさせるかどうか。具体的にはQ値の大きさの違いだ。この意味で、磁界共鳴型ワイヤレス給電は「電磁誘導技術の一種」といってよい。

「磁界共鳴型ワイヤレス給電は通信技術の一種」

Soljacic氏 そして、もう一つの立場は、通信技術から見る立場だ。通信技術と磁界共鳴型ワイヤレス給電との最大の違いは、前述のアンテナ(伝送器)の機能の違いだ。実は通信技術では、当たり前のように「共鳴(resonance)」を利用して弱い電波を効率よく捉えている。アンテナで電波の発射/受信効率を最大にするか最小にするかが違うことを別にすれば、磁界共鳴型ワイヤレス給電は「通信技術の一種」といってよい。

MITにも重大な死角?

 Soljacic氏にインタビューした2007年2月の時点で、彼が磁界共鳴型ワイヤレス給電技術についてこうした理解を持っていたことには驚きます。しかし、その彼にも少なくともこの時点では大きな死角があったかもしれません。それが、電源回路も含めたシステム全体のエネルギー伝送効率、です。

 Soljacic氏の研究グループが2007年6月に発表したScienceの論文では、約2m離した伝送器間のエネルギー伝送効率は40~45%と比較的高かった一方で、システム全体のエネルギー伝送効率は約15%と非常に低かったのです(関連記事)。60Wの電球を点灯させるのに、出力が400Wの電源を用いていました。MITは少なくともこの論文発表の時点では、システム全体の伝送効率を高める技術をあまり重要だとは考えていなかった可能性があります。

 磁界共鳴型ワイヤレス給電技術において、システム全体のエネルギー伝送効率を高めることの重要性に気付き、解決策まで指摘したのは、龍谷大学の元教授で現在はリューテック 代表取締役の粟井郁雄氏です。

 粟井氏は、通信技術で用いられている50Ω系の電源回路は効率が非常に低いこと、そしてそれを解決するには、パワー・エレクトロニクスで用いられている0Ω系の電源回路を用いることが必須だと指摘します。

通信技術と電源技術の間に深い溝

 興味深いのは、Soljacic氏が伝送器の伝送効率を高めるために「アンテナ技術者と通信技術者の協力が必要」と指摘したように、粟井氏もシステム全体のエネルギー伝送効率を高めるために「通信技術者と電源回路技術者の協力が必要」と指摘している点です。

 通信技術者と電源回路技術者の間、言い換えると50Ω系電源技術と0Ω系電源技術の間には、これまでは越えがたい溝があり、両技術の交流はほとんど進んでいませんでした。しかし、磁界共鳴型ワイヤレス給電システムはちょうど両技術の中間的な位置にあります。同システム全体のエネルギー伝送効率を高めるには、その溝を埋めていく努力が必要不可欠です。

 2012年3月8日に開催するNEアカデミー「ワイヤレス給電システムの設計と高効率化の基礎」では、粟井氏が「50Ω系の通信技術者」の立場から、一方で、村田製作所の上級研究員で同志社大学大学院の客員教授でもある細谷達也氏が「0Ω系の電源回路技術者」の立場から、磁界共鳴型ワイヤレス給電システムのエネルギー伝送効率を高めるための知見をそれぞれ披露します。お互いの異文化交流(対決?)で生まれる新しい知見が、これまでにない高いエネルギー伝送効率のワイヤレス給電システムを実現するための一歩になるかもしれません。ご興味ある方はぜひご参加下さい。