「ったく、なんで、いつもあのシトは金のことしか言わないんだよォ! 冗談じゃあねェ、俺が聞きたいのは、今度の開発テーマについて、やりたいかやりたくねえか、いいか悪いか、それを聞きてェと言ってるんでェ! ナァ次郎さんよォ、あいつの頭の中は、いつも、金、かね、カネ、それだけじゃあねえか!」。
 
 やれやれ、もうお分かりでしょうナ、部長が誰に向かって怒っているか、そうなんですヨ、いつものあの役員です。

 まあ、予想通りと言ってもいいのでしょうが、部長がやりたい開発テーマ、それを頭ごなしに 「採算はどうなるんだ?」って、そう言われた部長は、 「役員さんは、この開発テーマについて、どう思われますか?」って、そこを聞きたかった訳ですヨ。

 なのに、 「そんなことより、大事なのは採算。それが見合うかどうかで判断しなくてはならない」、その一点張りなんですナ。

 「売れるかどうか、そんな事ァお客様がイイと言ってくれれば売れるんだよ。だから、あいつも自分がお客様の立場になって考えれば判るだろうよ、自分は欲しいのか、そうでないのか、ええっ、それが大事じゃあないのかァ!」。

 そうなんです。部長が聞きたいのは、その採算を計るためにも、先ずは、役員さんも一人のお客、そう考えて判断して欲しい、そう言っているのですヨ。なのに、役員さんは自分では判断しないで、とにかく採算はどうだと、まあ、これじゃあ堂々巡りで、いつまでたってもかみ合いませんヤネ。

 この話、実は本当に大事な本質が隠されていると思うのですヨ。

 いつも言いますが、開発は先が見えないことですヤネ。当たるも八卦当たらぬも八卦と言っては乱暴ですが、まあ、そんなもんですヨ。だから、ある意味で一番あてになるのは自分のココロ、そういうもんではないでしょうかねェ。自分がお客様の立場になって、自分だったら欲しいかどうか、自分の胸に手を置いて訊いてみる、それが一番確実なマーケティングと言えますワナ。

 そういう意味で言いますと、例の役員さんはマーケティングを放棄してるってことじゃありませんか。もっと言えば、メーカーの経営者としての判断すら、自ら放棄したって事なんですヨ。

 これじゃあ、部長が怒るのも無理ありませんワナ。自分の判断を棚に上げて、他のシトに転嫁する、そう言うシトを、ひきょう者って言うのですヨ。

 「いつもあいつの言うことは頭に来るんだが、大体、一緒にやろうてェ、そんな気持ちが微塵も感じられねえ、そこに腹が立つのサ。ええっ、そうだろう? あいつは役員、俺は部長、職位の違いはあるかもしれねえが、同じ会社の仲間じゃあねェか。それを、いつもシレッと斜に構えやがって、自分は違うって言いやがる、ええっ、一体、あいつには感動とか、賛同とか、そんな気持ちは無いのかよォ! 誰か他のシトがやっている事に対して、協力しようとか、一緒に汗を流そうとか、もっと言えば、嬉しさを共有しようと思わねえのかよォ!」。

 横で聞いていたお局、「そ、そこよ。きっと、今回の事の本質は、その嬉しさの共有じゃないかしら。あの役員さん、いつもアタシ達とぶつかるところ、意見が違うそのポイントは、嬉しさを共有しようというココロが無いからよ。もっと言えば、最初から他の人の意見にケチを付けるのが仕事だと思っているから、他の意見に賛成する、賛同するということ自体、しないようにしているのじゃないかしら。そうよねえ、他人の意見に耳を傾けないのだから、賛成も賛同もありゃしない。何を言っても反対なんだから、アタシ達と同じ方向を見ようなんて、所詮、無理な話よ」。

 そうですヨ。これで分かりましたワナ。役員さんは最初から、先ずは反対の立場、それが仕事だと思ってるんですから、始末が悪いのですヨ。それは、ある意味で楽な立場ですヤネ。だってそうでしょう、良いも悪いも、欲しいかどうかも、全然、判断しないのですから、そりゃあ楽ですワナ。

 何を言われてもダメ、最初からブレーキを踏むだけの事だったら、誰にでも出来ることですヨ。肝心なのは、お客様は買ってくれるだろうかという、そこの判断じゃありませんか。それを放棄しておいて、採算だけを求めるなんて、メチャクチャな話ですヨ。

 「今、ふっと思ったのだけれど、大事なことは採算じゃなくて、採賛じゃないかしら。算の字を賛同の賛と書くのよ。いつもアタシ達が欲しいのは、お客様の賛同じゃない。称賛と言ってもいいかもしれないわ。こんな商品が欲しかった。使ってよかった、そんなことを言ってくるのが、一番嬉しいじゃない。もっと言えば、そう言って欲しいばっかりに頑張っているんじゃないかしら。だから、これからは、採算の意味を変えて、先ずは“採賛”って言うようにしましょうよ」。

 そうかもしれません。採算よりも賛同、称賛の採賛。これが大事かもしれませんゾ。
 そんなこんなでいつもの赤提灯。今夜のテーマは採賛ですヨ。

 「賛成! 採賛という言葉に賛成!」。
 先ずはアスパラが賛成してくれますヨ。

 「まさに採賛ですよ。だって、何を買うにも、お客様はその商品を買って嬉しいかどうか、それが大事じゃありませんか。確かに、買う時にコストパフォーマンスを計るお客様もいますけど、そういうお客様は最初から値段だけ比較して買いますから、逆に、迷ったりしませんよ。値札に一直線。それはそれでいいじゃありませんか。でも、本当に欲しいものを選ぶお客様は、嬉しいかどうか、要するに、商品に対して賛同するかしないかじゃないですか。そして、とても嬉しければ、それは称賛になりますし、もっと凄く嬉しければ、激賛とか激賞と言ってくれますよね。やはり、賛ですよ。賛同の賛、これですよ」。

 あはは、えらくアスパラが激賛してますが、確かに、如何に賛同を得るかが、これからのものづくりで一番大事じゃありませんかねえ。
 例えば、最近の話題にもなっていますが、アメリカの人気情報端末が中国で作られ、その工場の労働者の待遇が劣悪だとか。だから、その情報端末を使っている客が、その待遇をよくしなければ、これからは買わないと、不買運動を起こしたらしいのですナ。

 これも、商品の性能よりも、その背景にある出来事について賛同できないという意思表示で、メーカーが求める採算より、お客様の採賛が取れないという象徴的な現象ではないでしょうかねェ。

 アタシ達ものづくりをしている者にとって、これからはお客様の賛同を得る為に、先ずは採賛を考えなくちゃいけませんゾ。

 「そうそう、会社の中の事情だって、採算よりも採賛重視で考えれば、色々な問題も解決するんじゃないかなあ。意見の対立なんて、元々、採算のことで議論になるのだから、先ずは賛同するかしないかで考えれば、どうしたら賛同できるかという、前向きな議論になるじゃないか。人間は、どうしたら嬉しくなるかを考えるときにアイデアが出るのサ。それが建設的ってことよ、なあ次郎さん」。

 部長もいいこと言いますよ。どうやら怒りも静まったようですゾ。

 「アスパラ、今回は呑みこみが早いわねェ。そしてイイこと言うじゃないの。激賛とか激賞なんて、よくそんな言葉を知っていたわねェ。見直したわよ」。
 
 横から欧陽春くんが、「先輩、それは可哀想ですよ。アスパラさんをもっと称賛してやってくださいよ。本当に、いつもへこんでばかりなんですから。ところで、例の人気の情報端末、中国の工場の労働条件が劣悪だって言われていますが、最近では、大分、良くなっているようですよ。そのメーカーにとっても、そんな事を言われるのが一番イメージを悪くする要因になると、かなり改善されたようです。やはり、一流メーカーは、大事なことはちゃんと改善するようですね」。

 さすが欧陽春くん、お国の事情には明るいですナ。

 「さあ、部長のご機嫌も直ったようだし、どう、二次会に行かない?」。
 お局のお誘いです。
 
 「賛成! 二次会、賛成!」。アスパラが、一番先に手を挙げましたヨ。

 「よっし、それじゃあ行くわよ。でも、今回は割り勘だからネ。給料日前だし、みんな手元不如意でしょ。だから、割り勘。アタシが集計するけど、足が出ないように、次郎さん、あとは頼むわネ」。

 オイオイお局、それって、採算じゃあないのかァ…。