科学技術振興機構の「細野透明電子活性プロジェクト」を開始

 細野教授が今回の酸化物半導体TFTの一連の研究成果を上げることができたのは、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業のERATOの代表研究者に選ばれたことが大きく寄与している(注2)

(注2)ERATOとは「戦略目標等の達成に向け、新技術の創出に資する可能性が高い研究領域及びその研究領域の運営の責任者である研究総括を定め、研究総括が自らの研究構想(=研究領域)の実現を目指して研究者を結集し、直接指揮して研究を推進します」と、科学技術振興機構は基本思想を説明する。

 細野教授は平成11年(1999年)にERATOの総括責任者(代表研究者)に選ばれ、同年10月から「細野透明電子活性プロジェクト」を始めた。ERATOは1年間当たり研究開発資金として約3億円と、破格に多い予算がつくことで知られている。これだけの高額予算を与えられることの責任を感じると同時に「総括責任者の名前がプロジェクトの冠名としてついているために、優れた研究成果を上げないと様にならないと思い、新領域の開拓に専心した」という。

 細野教授がERATOの総括責任者に選ばれ、その後に独創的な研究成果をいくつも上げたことに対して、科学技術振興機構の前理事長(当時は理事長)の北澤宏一さんは「細野教授のような“ロデオタイプ”の研究者が独創的な研究成果を上げてくれたことは、科学技術振興機構が優れた研究者を見いだす目利き機能に優れていることを実証した」と語った。2010年12月6日に科学技術振興機構が東京都千代田区の東京国際フォーラムで開催した「世界を魅せる日本の課題解決型基礎研究」というシンポジウムの終了直後の会場で語った言葉だ。

 日本を代表する大型の基礎研究プログラムであるERATOは1年間に約3億円の研究開発資金が5年間提供される。このERATOプログラムの総括責任者の人選はは公募ではなく、科学技術振興機構の調査チームが学会などで優れた研究成果を発表した教員・研究者をリストアップし、その研究遂行能力を調査し、さらに、その候補者に研究開発内容を直接、インタビューして人選し、候補者リストをつくる。

 その総括責任者の人選の際には、有力大学の“優等生”研究者として名が知られている“プリンス・プリンセス”候補者を選ぶケースが多くなってしまいがちだ。しかし、これでは異能の研究者を捕捉できない。「荒馬に乗るロデオタイプの異能を放つ異才研究者を総括責任者に据える人選を実行できた証拠が、細野教授だ」と、北澤さんは満足げに語った。

 細野透明電子活性プロジェクトは1999年10月から2004年9月までの5年間実施された。このプロジェクトは、透明なアモルファス酸化物半導体を進化させたものや酸化カルシウム・アルミナというありふれたセメントの物質を電子材料に変えるという独創的な研究成果を多数上げて終了した。

 この5年間は「従来にない独創的な光機能や電子機能を持つ酸化物の研究を徹底して追究した」と、細野教授は語る。同プロジェクトで細野教授の“右腕”として一緒に研究した、東工大の神谷利夫教授(当時は助教授)は「独創的な光機能や電子機能を持つ酸化物の新領域を開拓することに徹し、何に役立つかはまったく考えなかった」という。

ERATOの研究開発成果である新材料の産業化を強く志向

 5年間の研究成果は従来無かった新規の酸化物材料の可能性を多数提示した。5年間でかなりの額の研究開発費の支援を受けたことから、細野教授は「産業界で役立つ新材料を提供しないと申し訳ない」と考えた。独創的な研究成果を上げた細野透明電子活性プロジェクトは、その後継プロジェクトとして戦略的創造研究推進事業・発展研究(SORST)を2004年10月から5年間、実施することが認められた。現在は「結果的に、新材料は10年ぐらい期間をかけないと実用材料にはならないと感じた」と、細野教授はこの10年間を振り返って語る。

 SORSTプロジェクトでは産業に役立つ研究開発成果を上げることを強く意識した。その成果が、2004年11月に学術誌「Nature」に掲載した「室温で作成した、柔軟性に優れた、透明なアモルファス酸化物半導体製のTFT」の論文だった。

 産業界の企業に採用してもらうためには、企業との共同研究による応用を考えた研究が必要と考え、キヤノンと共同研究を始めた。キヤノン以外にも、応用に意欲がある凸版印刷や、韓国のサムソン電子の研究所、LG電子などと、プロジェクトの研究現場で議論を重ねた(正確には、東工大などでの研究室内への参加を認めたが、共同研究費を受け取る共同研究の形式ではないもようだ)。

 この結果、例えば凸版印刷はアモルファス酸化物半導体のIGZO製のTFTを用いた電子ペーパーを試作するなどの応用開発を始めた。

 東工大とキヤノンは、アモルファス酸化物半導体のIGZO製TFTを応用する研究開発を進めた。この時に、東工大とキヤノンが共同出願した応用・周辺特許もパテントプール化され、科学技術振興機構に技術移転によるライセンスを委託することになった。細野教授は、大学が独創的な基本特許を産み出しても、応用に関心を持つ企業と共同研究を実施し、多くの応用・周辺特許を出願しないと「産業化が難しいということを、企業との共同研究などから学んだ」という。