図1:PETフィルムに作製された、柔軟性に優れた透明なアモルファス酸化物半導体製のTFT
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 細野教授は特別講演の冒頭に、材料科学分野で研究開発を担当する大学教員が目指す、理想的な材料研究とは「超一流の論文誌に掲載されるという、学術分野でのオリジナリティーが高い研究成果を上げることである」と説明した。

 例えば、細野教授は著名な英国の学術誌「Nature」に、2004年11月に「室温で作成した、柔軟性に優れた、透明なアモルファス酸化物半導体製のTFT」の論文を発表し、その論文は脚光を浴びた(図1)。このアモルファス酸化物半導体であるインジウム・ガリウム・亜鉛・酸素(IGZO、注1)製のTFTを、プラスチックのPETフィルムの上に作製したことが契機になって、「酸化物半導体のIGZO製TFTをLCD(液晶ディスプレー)などに実用化する開発が盛んになった」と説明する。

(注1)アモルファス酸化物半導体の代表的な材料であるインジウム・ガリウム・亜鉛・酸素という酸化物は、その組成元素(In・Ga・Zn・O)の頭文字からIGZOと略して表記され、一部では“イグゾー”という愛称で呼ばれている。

 同論文はその後、他の研究者からの引用件数が相当数あり、細野教授の名声を世界的に高めた。この論文を契機に、透明なアモルファス酸化物半導体の研究が盛んになり、その研究成果の論文が学術誌にどんどん掲載されるようになった。

 このことから、細野教授は「学術分野でのブレークスルーが産業化、すなわち企業による事業化につながることが大切」という。「研究開発では新領域を開拓することに最大の価値を感じている」と、大学などでの基盤研究の重要性を説明する。その理由は「学術分野での新領域開拓は、結果的に社会の困難な問題を解決することにつながるからだ」という。

“ユビキタス元素”で構成されている酸化物を研究対象に

 細野教授はガラスなどの透明性を持つ酸化物の光・電子機能を追究する研究に興味を長年持っていた。1993年に名古屋工業大学から東工大に助教授として移籍したことをきっかけに、クラーク数が多い、ありふれた元素の“ユビキタス元素”でできている酸化物を基に光・電子機能材料を研究することを中心テーマに据えた。当時の学術分野での“常識”は、ガラスなどの酸化物は代表的な絶縁物とみなされていたのだったが。

図2:1995年に神戸市で開催された第16回「アモルファスおよびナノ結晶半導体国際会議」の講演集の表紙
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 酸化物の光・電子機能を追究する研究の一つとして、現在の透明なアモルファス酸化物半導体(TAOS=Transparent Amorphous Oxide Semiconductor)を開発する物質設計の指針を、1995年に神戸市で開催された第16回「アモルファスおよびナノ結晶半導体国際会議」(ICANS 16)で発表した(図2)。

 細野教授は、元素の周期律表を基に、透明なアモルファス酸化物半導体ができそうな候補材料の範囲を示した。この斬新な物質設計指針に対して「発表を聞いた学会のメンバーの反響はあまり芳しくなかった」という。ガラスなどの酸化物は絶縁体であるという“常識”にとらわれている大学教員・研究者が多かったからだ。

 細野教授は、発表した斬新な物質設計指針に従って、イオン性アモルファス酸化物半導の研究を進めれば、何らかの研究成果が出るという自信を持っていた。翌年の1996年には透明なアモルファス酸化物半導体であるIGZOで、電子移動度を大幅に高めた研究成果を発表し、早速、証明してみせた。こうした従来の常識を覆す研究成果は、大型の研究開発支援制度である科学技術振興機構のERATOの代表研究者に選ばれるという、“実利”によって報いられた。