マクドナルドのブランド定義は「Favorite Place and Way to Eat 」です。ハンバーガーという単語が出てこないことに注目してください。彼らは自分達をハンバーガービジネスとは考えていないのです。「お客様お気に入りの場所と食べ方」を提供するのが彼らの事業モデルでありブランド価値だと考えているのです。ですからハンバーガーにこだわらず季節メニューや新メニューを積極的に導入したり国によってメニューを変えたり味をローカライズしています。また、従来の主要ターゲット「お母さんと小さい子供たち」に加えて大人の顧客を獲得するためにインテリアやメニューの高級化(フランス発ヨーロッパで進行中)や「McCafe」の展開を積極的に行なっています。

 スターバックスの「Rewarding Everyday Moments」も秀逸です。自分達がお客様に約束するのは「自分へのご褒美としての豊かな時間」である、というブランド定義です。ここでも「プレミアムコーヒー」といった単語は出てきません(ハワード・シュルツがスターバックスの前身「Il Giornale」をスタートした時のマニフェストには明確に「本格コーヒーを普及させて世界一のコーヒー・バーになる」と謳われていました)。

 スターバックスが自分達をコーヒービジネスでなくピープルビジネスと位置づけ、家庭と職場以外の第三のくつろぎの場所を顧客に提供していることは周知の事実ですが、私が一番注目するのは「Everyday」という単語です。ここに彼らの事業・マーケティング戦略が凝縮されていると考えます。月に1度ではなく、週に2回でもなく、毎日来ていただきたい。ロイヤリティの高い超ヘビーユーザーを育成するのが彼らの戦略です。そのために飲料だけでなくフードの新メニューや季節メニュー、国ごとに異なるローカルメニューの展開をアグレッシブに行ない(中国のスターバックスには中国伝統茶も定番メニュー化されています)、「same-store sales」の伸張を目指しています。飲食店事業の成長は店舗数の増加だけでは達成されません。店舗数が10倍に増えれば売上げが10倍になるのはほぼ当たり前のことで、これは単なる事業拡張です。事業の真の成長は1店舗あたりの売上げ・利益が向上すること、つまり事業の効率と生産性がアップすることで達成されます。「Rewarding Everyday Moments」はスターバックスブランドがお客様に提供する本質価値と共に、事業モデルの表現にもなっていると思います。

 ナイキには「Authentic Athletic Performance」というブランド定義があります。ナイキの実際の顧客は本格的アスリートよりも街履きやカジュアルウェアとしてナイキ製品を着用している人が圧倒的に多いのですが、しかしナイキブランドを掲げて世の中に出る商品やサービスはすべからくトップアスリートのニーズを満たすクオリティに仕上がっていなければならない、という意味だろうと思います。

 補足ですが、ナイキには「Just Do It!」というスローガンがあります。これは外向けのブランド&マーケティング・コミュニケーションに用いているスローガンです。一方、「Authentic Athletic Performance」は社内用の合言葉で、ナイキに関わる人々が共有する価値観とビジョンの定義です。対外向けスローガンはブランド・アイデンティティに基いたインパクトあるメッセージとして編み出されており、通常時間の経過と共に変わっていきます。ソニーを例に取ると「It’s a Sony」「Digital Dream Kids」「like no other」「make.believe」とブランドの成長ステージや時代の雰囲気や事業戦略に沿って変遷しています。しかし社内向けのブランド定義は将来へ向けたミッションとビジョンを表現するものですから基本的には長期的に持続させるべきものです。

 以上の4つの例を見てお気づきだと思いますが、たった3語~4語のフレーズの中に(1)事業とブランドの定義、(2)ミッションとビジョンの表現、(3)提供する価値と便益の約束――が見事に凝縮されています。ブランドはトップから現場まで全ての人々がそれぞれの持ち場でブランドの価値や精神を実践することによって出来上がってゆくものですから、簡潔な合言葉でブランド価値が共有されることは大変重要です。世界のエクセレント・ブランドの成長の裏には「小さな秘密」があるのです。それがブランド核心価値の定義です。これらのブランドも最初は名も知れぬちっぽけな会社だったのですから。

事業戦略に基づいてブランド戦略を作る

 将来のブランド目標とそれを達成するための戦略を定義しようとすると、早速ブランドイメージであるとかブランドパーソナリティの議論に入ろうとするケースをよく見かけますが、これは誤りです。対外コミュニケーションを通したブランドイメージの操作を優先すると早晩イメージと事業実態の乖離が露呈してしまいます。企業・事業戦略やマーケティング戦略に立脚せず、ただ知名度やイメージを求めるだけのブランド戦略では事業発展に逆効果です。

 事業戦略とブランド戦略を統合しながらブランドの未来像を描写するために、通常ブランド・コンサルティング会社はそれぞれ独自のフォーマットやテンプレートに基いたワークショップを提供しています。熟練コンサルタントと共に定められた手順に従ってブランド戦略を作っていくと、戦略のキーポイントとブランドの必須構成要素を漏れなく検討できるので便利です。