最終損益で4期連続の赤字が見込まれるソニー。よく知られている通り、薄型テレビ受像機に代表される、同社の屋台骨を支えると言われるエレクトロニクス事業の不振が業績悪化の大きな要因です。同事業の立て直しが、次の社長兼最高経営責任者(CEO)になる平井一夫氏にとって最優先課題になることでしょう。

 何を造れば売れるのかについては、結局はそのときの市場が決めると言ったら、投げやりだとお叱りを受けるでしょうか。今の私には、市場ニーズを捉えた商品を造るしかないという、月並みな回答しか思い浮かびません。しかし、何を造れば利益が上がるのかについては、ソニー自身の中に回答が見いだせるような気がしています。

 それは、「世の中にない材料や部品から開発して初めて誕生する製品」です。ビデオカメラがその好例といえます。

 2008年に、当時社長だった中鉢良治氏(現副会長)にインタビューしました。同氏は材料畑出身で、ソニーに入社して初めて手掛けた仕事は8ミリビデオの磁気テープの開発。インタビューでは、そのときの苦労をこう振り返ってくれました。

「8ミリビデオには、かなり材料的なチャレンジがあった。カセットを小さくするには、高密度記録が可能な、鉄粉を使うメタルテープが必要だった。そのテープに対応する高性能の磁気ヘッドも要る。CCD素子もやらなきゃいけなかった。でも、当時は鉄粉から製造装置まで何も売っていなくて、全部一からの開発。普通はこんなリスクの高い開発はやらない」

「実際、テープは失敗に次ぐ失敗。つらかった。一時は、神の摂理に反しているんじゃないかとまで思い詰めた。酸化していない金属粉を空気中で扱うこと自体が危険なので、そもそも工業化とは無縁なんじゃないかと。それでも続けた。これをやれば世界記録だと分かっていたからだ。結局、1勝(製品化)挙げるのに8年かかった」

 中鉢氏をはじめ、この時の技術者の苦労と、会社が挑んだリスクは、その後、大いに報われました。ビデオカメラは発売以来、常に高い利益を出し続け、今なおエレクトロニクス事業を支えているからです。

 有機ELテレビなどに少し感じたことがありますが、残念ながら中鉢氏が社長時代に、材料や部品から変えた新しい製品の成功例は思い出せません。その後、会長であるハワード・ストリンガー氏が社長を兼務しましたが、「ハードウエアの差異化はほぼ無理。ソフトウエアに力を入れる」という主旨の言葉しか、私の記憶にはありません(私の記憶力、および理解力不足かもしれませんが…)。

 同社の国内の工場がリストラの憂き目にあう中、数年前まで同社の生産現場をよく取材させていただきました。頑張っている生産現場、輝いている生産現場はたくさんありました。その経験から、私は「ソニーの工場は強い」という印象を持っています。先に新しい材料と加工と言いましたが、材料や加工が変われば、当然、それにふさわしい新たな生産技術の開発が必要になることは言うまでもありません。

 今でもソニーのゲンバ(研究開発現場、設計開発現場、生産現場)には、世の中にない材料や部品から開発して初めて誕生する製品を生み出す力はあるはずです。ソニーの創業者の1人である井深大氏が起草した設立趣意書にある言葉、すなわち「技術者の技能を最高度に発揮せしむべき、自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」の言葉に感銘してソニーに入社した技術者が多いと思うからです。平凡な製品を造りたい技術者が、ソニーを選ぶとは考えにくい。

 むしろ、問題はそれを邪魔する何かの存在ではないでしょうか。画期的な製品を生み出すには、リスクに挑まなければならないとは、先のインタビューで中鉢氏自身が語っていることです。通常の会社なら避けるリスクの高い開発に真っ向挑んだからこそ、ソニーのビデオカメラの成功はあるのです。では、果たして、今のソニーにリスクの高い開発に挑めるゲンバ、すなわち理想工場はどれくらいあるのでしょうか。

 経営再建にリストラ(社員の早期退職など)はつきものかもしれません。しかし、それ以上に優先すべきことが今のソニーにはあるのではないかと私は邪推しています。