Lenovoのサクセス・ストーリーというとついついIBMのPC部門の買収に目が行きがちなのですが、彼らは短期的戦略で目の前の好機に飛びついたわけではなく、グローバル化への準備を済ませて虎視眈々と次の一手を狙っていたのだということに気付くべきです。そして2004年12月、LenovoはIBMのPC部門の買収に踏み切ります。このディールは巷間言われているような「政府に支援された中国の準国営企業がグローバル著名ブランドを入手するために金に飽かせて買収した」という性質のものではありません。

 当時IBMが赤字を抱えていたPC部門を売りたがっていたのは周知の事実でしたが、日本企業をはじめどこも赤字の部門(2000年から2004年の間に累積10億米ドル近くの損失を出していたと言われています)の買収に触手を伸ばす企業はありませんでした。しかし、Lenovoは敢然と手を挙げました。推測するに世界中のPCメーカーは密かに嘲笑したのではないでしょうか。このディールを詳細にみると、Lenovoが手中に収めたのはアメリカや日本の研究開発センターや世界中の販売会社などの施設や人員、製造・マーケティングノウハウなどにとどまらず、IBMブランドの使用権5カ年分とThinkPadなどに使われているThinkブランドの永久使用権が含まれており、Lenovoはこれを高く評価していたのだと思われます。

 もう一つ見過ごされがちなのが、これが単なるLenovoによるIBMのPC部門の買収ではなかったことです。Lenovoは買収金額12億5000万米ドルをすべてキャッシュで払ったのではありません。一部は自社の株式をIBMに譲渡することで決済しました。その結果、IBMはLenovoの大株主となり、必然的に新生Lenovoの経営に入り込んできました。スタート当時の役員14名のうち10名はIBM/PC部門の元幹部などのアメリカ国籍やインド国籍の非中国人でした。本社も北京からIBM/PC部門の所在地であったノースカロライナに移しました。社内の公用語も英語となり、北京Lenovoでも英語の会議とレポーティングが導入されたのです。つまり、これは単なる買収ではなく、中国ドメスティック企業だった聯想を一夜にしてグローバル経営の会社Lenovoに作り変えるという極めて大胆な事業体の構造改革だったのです。ここが、日本企業による海外企業買収と決定的に異なるポイントです。

 引き続いて2005年にIOCとオリンピックパートナー(TOPと呼ばれるスポンサーシップの最上級カテゴリー)契約を結び、2006年トリノ冬季オリンピックからIT機器の供給や運用などオリンピックの運営に参画するとともにグローバル市場へ向けたLenovoブランディングを加速させます。無論、Lenovoの本拠地で開催される2008年の北京オリンピックを睨んだ準備と予行演習の意味もあります。思い切って背伸びをした投資に見えて、実に周到に計算されたグローバル化戦略を着々と実行していることがわかります。そして本番の北京オリンピックではIT技術で大会の運営をサポートし、同時にコカ・コーラ、サムスンと共に聖火リレースポンサーの権利を得て自社のブランドコミュニケーションに活用(聖火を運ぶトーチそのもののデザインもLenovoによるものです)するなど、世界最高峰のスポーツイベントの場でその存在感を見せつけました。

 それ以外にもグローバルなブランディング・リソースを縦横無尽に使って、ブランドコミュニケーションを展開していきます。2006年には当時人気絶頂だったサッカー選手のロナウディーニョと契約してテレビコマーシャルを制作・オンエア(中国国内)。翌2007年には、モータースポーツに進出、F1「AT&Tウィリアムズ」チームスポンサーとしてLenovoエンジニアリングの力を世界にアピールし始めます。さらにアメリカのNBAとのオフィシャルパートナー契約など次々に大型投資を行なっていきます。また製品に関してもPCのシェル部分にコカ・コーラのロゴを施した「コカ・コーラ」エディション、ディズニーキャラクターを施した「ディズニー」エディション、「オリンピック」エディションなど、著名グローバルブランドの力を借りたco-brandingを実行していきます。

 2008年にはまたThinkブランドに加えて新規にサブブランド「Idea」をグローバル市場向けに導入しています。ビジネスユースに強いThinkPadやThinkCentreなどの商品群に加えて、パーソナル市場を攻略するためにIdeaPadのサブブランドを関したノートブックPCを市場導入したのです。これは、より幅広い市場セグメントをカバーするための事業/マーケティング戦略であると同時に、Think一本に頼らず複数のサブブランドでLenovo企業ブランドを支える形のブランド・アーキテクチャーを構築する戦略でもあります。ThinkPadのブランド力を活用してマスターブランドLenovoの認知が高まったところで、今度はそのLenovoブランドの庇護のもと新たなサブブランドの立ち上げに入ったわけです。運よく成功した新製品の名称をこれ幸いとサブブランドに昇格させているのではありません。完全にブランドポートフォリオマネジメントの考え方に基いた戦略です。

 同時にLenovoは事業/マーケティング戦略としてインド、ロシアなどの新興国市場開拓を重点に置きます。社内組織も「新興市場対応」組織を分離独立させてIdeaPadを中心にパーソナルユース市場の攻略を開始します。

 また、Lenovoはいち早く携帯電話製造にも着手しており、iPhoneが発売された時には即座に「LePhone」を市場導入して大ヒットさせています。その後PC産業がモバイル・デジタル機器産業へとシフトするにつれ、ネットブックやタブレットを商品化して市場の需要に素早く応えています。

 そして2011年7月、日本のNECとPC事業に関する業務提携を結びました。両社が共同出資(Lenovo51%、NEC49%)で新事業持株会社を立ち上げるというスキームですが、Lenovoは5年後にNECの株式持ち分を買い取るオプションを持っているとのことなので、Lenovo側から見ればNECのPC部門の買収に成功した、ということでしょう。これにより、Lenovoは日本市場でも最大シェアを持つPCメーカーとなりました。そして返す刀で今度はドイツのMedionというPC/IT機器メーカーを買収します。外から見ている私たちでも目が回りそうなくらいの動き方ですから、中にいて意思決定をしている人々やそれについて行っている社員の働きぶりを、想像するだけでクラクラします。

 さらに2011年春からグローバルにLenovoブランドのイメージ向上を図るブランドコミュニケーションの展開を始めました。「Lenovo for those who do」のスローガンのもと、テレビコマーシャルやインターネットフィルムでLenovoの価値とパーソナリティを訴求しています。ナイキの「Just do it」にちょっと似ていますね。