「アンタはどれがいいと思うの、値段じゃないでしょう! 良いのか悪いのか、それで決めなくちゃダメでしょ! 何で、値段だけ見るのよォ、そんな事だったら、小学校の低学年でも決めることができるじゃない。性能や機能、それに使い勝手、後の保守・メンテナンス、考慮しなければいけない事、沢山あるのに、何で価格だけを見るのよォ!」。

 朝からお局が吠えています。アスパラも小さくなっているばかりですヨ。

 「次郎さん、もう、聞いてよォ。アスパラに、今度導入する情報システムのハードをどうするか、それを検討させたんだけど、あちこちから見積もりを取っただけで、値段だけを比較して報告して来たの。アタシ、それでカチンときてカミナリを落としたんだけど、中身をみていないのよォ、ったく、ただの値段の比較なんて、誰にもできるじゃない。大切なのは、ウチの会社に最適なものは何か、それでしょう?」。

 う~ん、確かにそれはそうですが、今時、やはりコストに目が行くのは仕方のないことかもしれませんヤネ。アスパラにも言い分がありそうですヨ。

 「叱られたのは分かりますが、コストも大事じゃないですか。良い物をより安く、それが基本だと思うのです。ボクの考えている事はダメですかァ?」。
 
 「だからァ、その、より安く、ってところが分からないのよォ! 安ければいいと、アンタ、簡単に言うけど、一体、安いと何がいいのよ、言ってごらんなさいな!」。

 へえ、お局の剣幕、今回は相当に厳しいですヨ。もう少し聞いてみましょうヤ。

 「逆に言えば、ウチの会社の製品に対しても、アンタが言うように、もっと安く安くって、いつもお客様から言われていることだけど、じゃあ、ウチの製品は安い方がいい、そう思って開発しているの? アスパラ、アンタ、本当にそう思っているの? 違うでしょ、ウチの会社の製品はお客様に喜んでもらえるように、先ず第一にそれを考えて開発しているんでしょうが、部長、そうでしょ!」。
 
 おっと、部長にまで飛び火しましたヨ。

 「おいおい、お局、いきなり俺に振られても困るが、確かに、俺たちの開発は、最初にコストなんざァ考えていねえよ。お客様のことを、本当に考えれば、当たり前だが良いものをちゃんとつくる、それが基本サ。もっと言わせてもらえば、良いものはそれなりの値段がする、それを言いたいぜェ」。

 「でしょう、本当のことはそうじゃない。それなのにアスパラ、買い手側に回った途端に安くと言うなんて、矛盾してると思わないの?」。

 いやあ、この話、中々難しい問題ですヨ。売る時は高く売りたいし、買う時は安い方がいい。確かにそうなんですが、これだけコストだけを問題にする時代、ハッキリ言って変じゃないかと思うのですヨ。そろそろ、そこのところの議論をちゃんとした方がいいと思うんです。

 「確かに、俺たちの若い頃、こんなにコストのことは言わなかったよナァ。ちゃんとしたものはそれなりの価格で売れていたし、何より、技術や品質、やはり、それなりの競争力がしっかりと有ったように思うんだ。それが、大量生産、大量消費の時代になって、生産方式も自動化・省力化、その上に、そういう生産システムをつくる専業メーカーも現れて、一気に、大量均一なものづくりができるようになった。その頃からだよナァ、ものづくりのコストが誰にも見えるようになっちまったのサ。だから、何をつくっても、原価はバレバレ、タクトタイムはどれくらいだから、一個当たりのコストはいくらになるか、そんな事が全部判るようになったのサ。原価がバレたら、それにいくら上乗せするか、メーカーから言えば、それを付加価値と言いたいところだが、あちこちで同じようなものができるようになるてェと、それも言い難くなる。つまり、買ってもらうには、そこを減らして、要するに安くして、買ってもらいたいとお願いするようになったってえ事よ、情けねえけどよォ」。

 部長の言う通りです。一体、いつからこんな事になったのでしょう。つくり手が、付加価値を主張できなくなった、イヤ、しなくなったのかもしれませんヤネ。

 「そこ、それが変じゃない。例えばネクタイやスカーフ。ブランド物は絶対に安売りなんてしないじゃない。しかも、原価なんて、みんな知っているわよ。いくら高級生地を使ったって、ネクタイ一本分の生地は数十円。そこに、今は高性能なインクジェットプリンターでデザインを印字している、それだけよ。なのに、ネクタイやスカーフが一つ数万円で売れている。そんな世界があるのに、機械や装置、器機や機材は、何で安くなければいけないのかしら。一体、安くなければいけないと最初に言ったのはどこのどいつよ!」。

 おっと、お局の直球まっしぐら、確かに、アパレルの世界や飲食はそうですワナ。二つ星や三つ星のお店が、安くしているなんて、聞いた事ァありませんヤネ。何で、この業界だけが安くなってしまっているんですかねェ。

 「いやいや、よく見ると、この業界でも、例えば自動車産業、クルマを安売りしたなんて聞いた事ァないだろうに。要するに、俺たちはいつの間にか言われもしないのに、“良いものをより安く”って、自分から先に言ってしまったんじゃあないだろうか」。

 部長が自著気味に言いますが、そうかも知れません、アタシ達、いつの間にか競争に晒されて、自らが安くして行っただけかもしれませんゾ。この話、今まで深く議論したことは無かったのですが、アタシ達が巻き込まれている価格競争、実は身から出た錆かもしれないのですヨ。

 さっきも言ったように、アタシ達の若い頃、こんなにひどいコスト競争はありませんでした。確かに、為替もありますが、それはそれで乗り切ってきたじゃありませんか。

 なのに、今のコスト競争。ハッキリ言えば、他の誰でも同じようなものが作れるので、お前ならいくらで作るのか、いつも、そんな見積もりを出せと言われている、それだけじゃないのでしょうかねェ。

 情けないじゃありませんか。昔は、合い見積もりをあちこち、いや、世界中中に回されるなんてェ事はありませんでしたヨ。それが、いつの間にか世界中で、例えば、韓国や中国などが、我が国のものづくりと同じ、イヤ、ヘタをするともっと良いものをつくるようになった、そういう事じゃないかと思うのですヨ。
 
 「だからァ、そこに知財があればいいのに、知的財産権という絶対的な競争力も持てないような製品だから、コストの比較をされるのよ。厳しいことを言うけれど、世界中で同じような製品ができるなら、そりゃあ、一番安いものを買うわよ。それって、言いかえれば、安かろう悪かろうじゃなくて、どれも同じ性能ならコストで決める、それだけのことじゃない。そうでしょ?」。

 確かに、アタシ達、コスト競争に巻き込まれているのは自分のセイかもしれませんゾ。相対的に付加価値を高める為に進めた改善運動、それは改善改良を積み重ねると、ムリ・ムダ・ムラが無くなり、結局、合理的にものづくりができ、結果、コストダウンになったのですが、それって本当は自分の為の利益だったはず。しかし、それがいつの間にか取引先に提出する見積書にも記載して、儲けを相手に差し出す、言わば、仕事を貰う為の手土産みたいになってしまったのですヨ。

 「そうだよナァ、あっちでもこっちでも同じように作るのじゃあないかという不安が、いつの間にかごっちゃになって、肝心な自分達が創る付加価値の比較をしなくなってしまったのかなあ。今時、俺たちは不利になると、やれ円高だとか、高賃金だとか、原材料が高いとか、みんな他人のセイにしているが、肝心要の付加価値の競争力を言わなくなってしまったかもしれねェ。考えてみると、今時、ちゃんとやっているメーカーだってたくさんあるし、それをよく見ると、その付加価値で勝負をしているんだよナァ」。

 そんなこんなで赤提灯。アスパラを叱ったお局、少し言い過ぎたとばかり、おごるそうですヨ。

 「ね、アスパラも分かってくれた? アタシ達、いつの間にかコストコストってい言うけれど、結局、付加価値を主張もしないし、それを忘れてしまったのよ。だから、アンタが値段だけを言ったこと、カチンと来たの。アタシ達はメーカー何だから、いつも、どんな時でも付加価値を判断する、そのことを忘れてはいけないのよ。いつももそうしていれば、ちゃんと判るようになり、買い手の立場で付加価値を考えるようになると、今度は売り手の立場で、付加価値を創造することができるようになると思うの」。

 「いやあ先輩、勉強になります。今の中国、コスト競争では断然有利ですから、自分から安くしようなんて言いません。でも、最近では、他の国の製品がより安くなってきて、初めて付加価値を考えるようになってきたのです。加えて、賃金も高くなってきましたから、本気になって、良いものをより高く売ろう、そう考えるメーカーも現れましたよ」。

 「でしょう? それが本当の姿じゃないの。アタシ達、人がいいのかもしれないけど、サービスだと思って、簡単に、良いものをより安くって、直ぐに言ってしまうのよ。そういう意味では、いまの中国は、アタシ達を反面教師として、しっかりと付加価値を主張するのでしょうね。益々、手強くなりそうね」。

 「中国より、ヨーロッパのメーカーを見れば判りますよ。日本よりダントツに優れたメーカーなんてあんまりありませんが、コスト競争に巻き込まれているメーカーは少ないんじゃないですか。やはり、考え方と言いますか、自らは絶対に安くなんて言わない、そんな感じですよね」。

 そうそう、確かにヨーロッパのメーカーはそこのところの戦略があるように感じます。

 「アタシが言いたいのは、安ければいいと誰が言ったのか、そこを聞きたいの。ハッキリ言って、それはこの国のメーカーが、自ら先に言ったのよ。だから、これからは絶対に言ってはいけないし、何より、本当の付加価値を創造しなければ、生き残れないってことなのよ」。

 さあさあ、結論が出ましたヨ。厳しい状況は続きますが、お客様も納得してくれる、本当の付加価値のある商品、つくるしかありませんヤネ。

 みんなで頑張りましょう、決意を込めて、乾杯!