これを受け対象となった従業員らは、ストライキに突入するとともに、仕事内容の変更を理由に賃上げを要求した。工場側は、従業員自身が異動を不服として自ら退職を選択するのであれば、1カ月分を上乗せする金額を支払うが、退職しないのであればストライキを直ちに解除して持ち場に戻ること、という二つの選択肢を提示。これに対して従業員らの大半が退職を選んだ。ところがその後、工場側が1カ月分の上乗せを撤回したため、激怒した従業員らが工場の屋上に集まり、「要求に応じなければ、集団で飛び降り自殺してやる」として脅したというもの。

 このコラムでもこれまで何度か取り上げたが、フォックスコンでは2010年春、広東省深センにある同社の工場で、3カ月あまりの間に連続で12人もの若い行員が飛び降り自殺を計るという事態が発生した。この工場で当時、AppleのiPadやスマートフォン「iPhone」の大半を生産していたことも加わり、世界中の眼がフォックスコンに集中。フォックスコンでは深セン工場でライン従業員の賃金を引き上げるなど待遇改善を図った。今回、武漢の従業員らが集団自殺を持ち出したのは、昨年のこの事件が念頭にあったのだろうことは想像に難くない。

 驚いたのは、事態の収拾に、唐良智・武漢市長がフォックスコンの工場に駆け付けたと報じられたこと。中国全土で120万人を雇用、中国の輸出入総額の5.7~5.8%を占めるといわれる巨大企業の影響力の強さがうかがえる。唐市長との対話で従業員らは徐々に落ち着きを取り戻し、45人の自主退職者を出したものの、事態は収束したという。

 フォックスコンに限らず、Appleサプライチェーンの中国にある製造拠点では、昨年末からストライキが目立ち始めている。昨年12月末には韓国LG Display(LGD)社の江蘇省南京にある工場で、年末賞与を巡って韓国工場との格差を不服とした従業員約8000人がストライキに突入。工場敷地内で大勢の従業員がシュプレヒコールを上げる様子や、工場内のクリスマスツリーやLGDの看板が破壊された様子など、ストライキに参加した従業員らが撮影して投稿した写真がネット上にあふれ返った。

 さらに11月下旬にも、Appleや米Hewlett-Packard(HP)社のサプライチェーンにあるプラスチック金型のシンガポールHi-P International社では、上海市浦東新区の工場で従業員約1000人によるストライキが起きた。会社側が事前に予告をせずに突然、工場の移転を発表した上、十分な補償も得られなかったことに抗議したものだという。

 先の上海の業界筋は、「インターネットの掲示板や、最近では中国版ミニブログの『新浪微博』などを通じて、他工場の待遇などが瞬時に伝わるため、工員らの間に不満が拡大するのも速い」と指摘。「Appleのサプライチェーンやフォックスコンなど知名度のある企業は何かあるとメディアがこぞって報じるから目立つだけ。実際には広東省を中心に昨年秋以降、賃金を不満としたストライキが再燃する兆しがある。労使紛争の増加や人件費をはじめとするコストの高騰で、『世界の工場・中国』が曲がり角に来ているのは確かだ」と分析する。

 こうした指摘に対し、フォックスコンのトップ、郭台銘董事長は1月15日、今後10~20年、世界の工場としての中国の地位は揺るがないとの見方を披露している。郭氏は、「世界の工場になるためには、安い労働力があるというだけではだめで、産業基地の形成や、川上から川下に至るまでの垂直統合など、備えるべき多くの重要な要素がある。この点で、ほとんどの国は、中国とは比べ物にならない水準にしかない」と述べ、当面、中国展開を続ける意向を示している。